私はNoと言うのがとてつもなく苦手。

 
 
そしてNoが苦手なのに、よく考えもせずYesと言ってしまう滝汗(アホー)
 
 
で、後から、あれれ、よく考えたら、ちょっとキツイな……と気がついても、一旦Yesと言ってしまった手前、Noを言い出すことができずに「まあいいか、私が我慢すれば」と、自分を犠牲にして折り合いをつける。
 
 
それは昔っからの私の悪い癖
 
 
いい人でいたいんだろうなー、嫌われたくないんだろうなーって思って、八方美人みたいな自分をちょっと軽蔑したりもしていました。
 
 
ここのところ、その自分の悪い癖と向き合わされるできごとが立て続けに起きて、いろんな人に相談してたのですが、その中で、一つ発見がありました目
 
 
私は「Noと言うことが、相手を否定することになり、それにより傷つけてしまいそう」と思い込んで、Noを飲み込んでしまっていたこと滝汗
 
 
これは……恐らく母上との関係性が大いに絡んでいる
 
 
母は自分の主観で全ての物事を判断する人でした。そこからはみ出ている人はであり、
そして、主観を否定されることは人格を否定されたのと同義と受け取るため、激しく怒り、そして悲しむ……しょぼん
 
 
それを側でずっと見てきていて、私自身、母の主観が正義だと思い込んで生きてきました。
母の言うことに対してNoと感じることはあったけれど、それは自分が間違っているんだと思っていました。
 
 
Noと言えなかったのは、
母に嫌われたくない、悲しませたくなかったからと、目からウロコ目
 
 
亡くなって、もう3年が過ぎたのに、まだまだ影響力抜群だよあせる
 
 
冷静に考えれば、Noが相手を否定することになんてなる訳ないですよね。一人一人違う人間なんだもの。違って当たり前。
 
 
同じ家庭で育った兄弟でさえ、性格は全然ちがうのだから、他人と同じで考えである確率の方が低い。
 
 
ただ目の前の事実に対して、NoなのかYesなのかを単純に相手に伝えればいいだけなんだよね。
 
 
だけど私の場合、Noと言うことに罪悪感があるから、無駄なエネルギーを使う。
だから、すごーーーーーく疲れるあせる
 
 
でもホントはNoなのに自分にウソをついてYesというのはもっと疲れる……
 
 
ダメじゃん
 
 
うむ、ここ乗り越えないとだなビックリマーク
これ、私にとって重要な課題だ真顔
 
 
でも、これ、1人で思い悩んでいたら絶対に気がつけなかったアセアセ
 
 
私にはない視点を持った人たちからの指摘があったからこそ、客観的に自分を観ることができたんだと思います目
 
 
自分の姿は近すぎて見えない。
だから時々、相手を鏡にして自分の姿を確認してみる。
 
 
そうやって、ありのままの自分を映してくれる人と、たくさん出会っていきたいし、時には自分が相手を映す鏡になれるようになりたいなあと思うのですおねがい
 
 
 

*・゜゚・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゚・**・゜゚・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゚・*

 

自分と向き合うセッションとヨガ

初回体験60分

1,500円

 

場所は福岡市博多区(お申し込みいただいた際にご住所お知らせいたします。)または出張もいたします。

 

お問い合わせは

ayafujii0812@gmail.comか、Facebookのメッセージでお願いします

 

 

 

ご連絡お待ちしています携帯