わかりやすさと
わかりにくさ。

今ブラウン管(あら、もうブラウン管テレビは見れないのか)をつければ、わかりやすさ満点の情報媒体が蔓延していて本を読む時間さえないとなると、その人の想像力はどこにイってしまうのか。

わからないよりわかったほうが良い。
そんな百も承知でいるけども
しかし、わからないことだけが悪いわけじゃない。
悪いのは、
興味を摘み取ってしまう過程に尽きる。


人は、劇場に行く!

劇的も激的をも求めて。

そうなんだ、
家にいて想像力を養っても、体験するには一歩外に足を向けなければ
“体験”は得られない。

体験する。
体感する。


5感をフルに刺激させてくれたら、人はやっぱり感覚的に驚喜・狂喜せずにはいられないだろう。
研ぎ澄ました刃を
刃こぼれせずにグサグサと観客の心に刻みつけたい。

俺は、
観客を共犯者にする。

主犯は俺だ。

俺達は役者だ。


罪があれば、それを被るのは俺達でいい。
ただ、それを傍で観ててくれ。


3時間の犯罪。
『夜叉綺想』。


あなたはこの犯罪の虜となりはしないか。