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Amebaでブログを始めよう!

 

2年という年月、以前のブログがまるで遠い昔のことのように思えた。(実際そう)

 

過去のブログを見て感じたこと。

それは、その時の悩みは今になって、全て取り払われた、というよりも、全く気にならなくなったということ。

あー、こんなことですごく心を痛めて悩んでたんだな、って思った。

 

あれから色々と経験を重ねて、結局のところ今でも恋愛を上手くやることはできていないけど、

それを全て自分で受け入れられるようになったことは大きな進歩だと思う。

人との違いも、自分の個性と受け止められる。

好きな人や付き合うことがいらないとか、将来結婚したくないとかは思わないけど、

私の性格では誰かと一緒にいても、必ずどちらかの負担になる。

そして私が私にかける心の負担だけは約束されているように感じる。

そう思うのは私のこの2つの性格のせいだと思う。


1つめは、

・過去のトラウマが原因で人を信じることができず、何もしない方が心が楽だから。

2つめは、

・自分の理想がコロコロと変わり、すぐに飽きる。自分ではなく相手に変わってもらいたがる。

 

過去のトラウマとは何か、最近はよく幼少期の頃を思い返す。

今までもよく思い返していたが、実はそれが心に引っかかるものという認識がなかったのかもしれない。

3歳の時、両親が離婚。10歳年上の兄と8歳年上の姉、祖母や叔母さんも近所に住んでいたこともあり、

母は働くことができた。

母が働いている間、兄弟と過すか親戚の家にいたのだろうか、記憶は少し曖昧になっている。

それが原因だったかはわからないけど、突然意識が無くなったことがあった。

その時の様子は今でも家族の間で伝説的話題となっている。結局、原因はわからないまま今に至るが、

私はストレスが原因だったんじゃないかと思う。

 

その他にも、記憶は曖昧だけど怖い思い出だけが残っていることがある。

幼稚園児の時、多分従姉妹か誰かの運動会で小学校に親戚同士で行った。

その中に一人、親戚ではないが良い知り合いで、とても面倒を見てくれる男の人がいた。

その人とは今でも変わらず親戚がらみで付き合いがある。

運動会で大人同士が観覧しながら喋っている間、一人歳の離れた私は暇で仕方なく、

その人と校庭を少し一緒に歩き回っていた。

私はその頃、恐らく、世の中のルールや、大人の人に、「だめ」と言われたことがまだ理解できていなかったのだと思う。

小学校に遊具があって、それで子供が遊ばないようにスズランテープか何かでぐるぐる巻きにされていた。

それを無視して遊具に登り、一緒にいたその人も、あまり私にキツく「だめ」だと言えなかったのかもしれない。

状況はよくわからないが、ふと呼ぶ声がして見てみると、手のヒラを挙げて叩く素ぶりを私に向けていた。

そこだけが鮮明に今でも蘇る。素ぶりだけで、実際に殴られることなんて絶対になかったが。

それまで叩かれた経験も、そうされそうになったこともなかった。

それが親でも兄弟でも親戚でもない人にされたことが、今でも蘇る恐怖体験だ。

大きい大人の手がこちらに向けられると言うだけでも恐怖だと言うのに、

ニュースで虐待事件を見て、可哀想で仕方がない。その恐怖はただ者ではない。

 

とにかく周りが大人だらけだった幼少期。大切にされた思い出も多いが、ほったらかしにされた感情も残っている。

だから人に世話を任せても気にしなかったのだと思うから。

 

そしてこんなことになったその全ての原因は父のだと感じている。

3人の子供、その末の子は3歳でも関係なく、父は自分のことを優先したのだと言う恨み。

母が負った苦労。思春期の兄弟達が捉えた傷。私は子供ながら、その状況で人に文句を言うことを諦めていたように思う。

 

そう、最近になってようやく、これは私の心の傷なのだとちゃんと認識できるようになった。

ちゃんと理解することで、自分の心を守れるようになった。

今までは、自分で自分の傷を覆い隠して見えないようにして、私はみんなと同じだ、普通だと思うようにしていた。

そうしないと人とは理解しあえず、付き合うこともできないと考えている。

その考え方は特に今でも変わりなく、自分を認めながら、他人も認めると言うレベルに達していない。

 

そして2つめのネックな正確である、飽き性。

飽き性はおろか、私はこれまでどの男性を見ていても、その人自身を全く見ていない。

自分というパズルのピースの形がどれとも合わない形で、また気分により変わるから、

変わらなければいけないのは相手の方だという考え方がどうも真っ先に頭の中にあるようだ。

だから私は自分自身を隠し続けるのなら相手に合わせて自分のピースの形を変えるしか無くなる。

これが心の負担の正体。

万人のパズルのピースは常に変形し続けて、いい時も悪い時もあるというなら特に問題ない。

だけどどのパートナーと呼べるペアも、どこかピッタリとハマってる。

 

こうやって自分自身を受け入れるのは最高にいいこと。

また道に迷いそうになったら、自分の声に耳を傾けるといい。

 

愛は理解できない。恋愛には向いていない。

 

これからどう生きていこう。

全て投げ出して遠くへ逃げたい。

私を理解してくれる人は一生現れない。

 

だったら別の生きがいを見つけよう。

私には所詮そんな生き方しかできないんだから。

 

人と違う。恋愛を普通にできる人が羨ましい。

羨ましくって、仕方がない。

 

どうして?

何度試しても上手くいかないんだ。

人と関わることすら嫌になってくるんだ。

こんな気持ちになるくらいなら。もう全て捨ててしまいたい。

全て捨てたら楽になるかな。

 

自分の心が弱すぎる?努力していないだけ?

私が変なの?

もうそんな風に考えたくない。

いくら何もできなくったって、もう自分を否定したり、自責をするのは嫌なんだ。

私は私を信じたい。

 

変な人はこう言う?「私は変じゃない」と。

変じゃない人はどう言う?「私は変だ」と?

 

もう、変だっていいのかもしれないな。

自分自身を受け入れられるのだったら。

 

そんな自分を相手に理解いただけないのであれば、

無理なことはしなくていい。

苦しむ必要はないはずだよ。そうでしょう…

 

幸せが大きい分、苦しさも大きい。

心はどこまで耐えられるのかな。

 

恋愛は私にとって酷く難しい。

初回限定に罠を感じたお話。

 

O脚は長年の私の悩みだった。

膝の外側へ骨がボコッと突き出したような形になっていて、いつもいつも脚の形に不自然さを覚えていた。

治し方をネットで調べてみても、セルフで治すのは難しいとか、サロンや整体院は高価で時間もかかると、消極的なことが書かれているだけだった。

 

そんなある日、会社でフリーペーパーを読んでいたら、

「O脚矯正で長年のコンプレックス解消!初回3,240円」という

クーポンを発見。

 

3,000円でこの頑固なO脚が治るのだったらものは試しだな…

思い切って、電話をしてみた。

やる気のない声でおじさんが出て、雑誌名を伝えてみたけどいまいちわかっていないご様子でやや不安だったが、無事予約を完了。

 

そして当日、少々不安を抱えながら院を訪れてみると、まさに不安的中であった。

人気のないビルの中のくらーい場所にそれはあった。

「おっとこれは引き返すべきか?」とも考えたが、O脚が治ると期待を胸に訪れたのもしかり、入ってみることに。

 

雑多な整体院にいたのはこれまた個性の強そうなおじいさん一人。

暗い受付、汚いカーペット、絶妙に懐かしいドラマがかかったテレビ、ど真ん中にはおそらくおじいさんの私物であろう、腹筋ワンダーコア。

そして客は私一人。

ここに客は来ていないのだろうという匂いがぷんぷんしていた。

 

「ほんならこれに着替えて」と、シャツとスパッツの入った袋を渡され、更衣室へと案内された。更衣室と治療室を隔てるのは一枚のカーテンで、留め具としてマジックテープが使われていたのが非常に印象に残っている。

服の入った袋を開けてみると、洗濯してよれよれになったミッキーのTシャツとぶかぶかのスパッツが出てきた。これらはいつから使われているのだろう。病院やサロンの検査着やガウンと違い、禿げたミッキーが悲しくも使い回し感を嫌というほど醸し出していた。

 

いよいよ施術。まず初めに術前の脚の状態の写真を撮る。施術後、効果を比較するためだ。

 

O脚とは大概、生まれ持ってのものである。それを矯正するためには、長年その形で使われてきた脚の筋肉を、必要のない部分は緩めていく必要がある。まっすぐすらっとした脚の形を保つために必要な筋肉を新たにつけていくのだ。

治すのは筋肉だけではない。骨盤から足首にかけての骨の向きを矯正するために、姿勢を正したり、関節をやわらかくしていくことも重要だ。

そうして、関節ごとの「向き」を正し、それを維持するための筋力をつけていく。

 

ベットに仰向けになり、施術と共におじいさんとの他愛もない話がはじまる。

枕元で手を洗っていたおじいさんは、私の顔に水滴がかかったことなど全く気にもとめていなかったであろう。

 

施術といっても、筋肉を緩めるためのマッサージといったところだ。

電気を流しながらなので、痛みも少し緩和され、ちょうど良い気持ち良さだった。

 

筋肉を緩めた後、矯正に入る。脚を圧迫するような機械を脚につけられて、30分ほど放置された。寒いだろうとかけてくれたのは、もうそれ家から持ってきたでしょとツッコみたくなるような、まさに「布団」。そんじゃそこらの洒落た整骨院にはこれは置いていないだろう。

 

おじいさんは私が圧迫を受けている間、腹筋ワンダーコアをしたり、テレビを見たりしていたのが音でわかった。ただおじいさん、いくら客が私一人でも私が寝たと思って屁をこくのはやめていただきたかった。

 

合計約3時間ほど費やし、客足の少ない整体院のおじいさんも頑張ってくれたのであろうが効果云々以前の問題を感じた次第である。

 

残念ながらあの場所へ足を運ぶことは2度とないであろう。