世界のアレコレ

世界のアレコレ

シニアエイジのバックパッカーとして、これまでの体験、これからの体験の
アレコレをレポートします。一番好きな国はインド、次はタイです。

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インドのアレコレ:パトナ


パトナ②カバブロール


20年程前のパトナの街角でふと出会った嬉し涙が出るような食べ物、“カバブロール”。
シシカバブのスライスに玉ねぎやトマトのスライスを添え、調味料で味を調え、
それをドーサ(クレープの一種)で巻きこんだスナック。
中近東やアジアのモスリム国ではマックのような存在。
新聞にくるまれたそれを、ゲストハウスの一室で夢中で貪り、一瞬インドを忘れました。


デリーかどこかでテイクアウトのニュービジネスになっている、という記事もあり、
夕食での再会を期待して街中をうろついたのですが、ここでは影も形もありません。
日本のお祭りの露店や普段の街頭でも見かけるようになりましたが…。
それで渋々今まで通りの屋台で夕食、その時ホテル難民になっている日本男性と同席、
苦労話を聞くうちに食後宿さがしを手伝うことに話しが進みました。


この食堂は店内で食事できる中級店?この盛られたご飯の山、インド人はそれでもお代わり。


難民になった原因は、カトマンズでインドビザの取得手続きに手間取り、
ネパールの滞在リミットがぎりぎりになり、それでついパトナに立ち寄る形で、
運悪く“空き部屋なし”のアリ地獄に落ち込んでしまった、という話でした。
部屋を確保済みのアリと、部屋のないキリギリスはそれからパトナの夜の巷をさすらい、
結局キリギリスはパトナ駅で雑踏・民衆の中でごろ寝・駅宿、グッドラックとなりました。

壁に貼られた聖人画像、試しに「彼はシュリー・ナーラヤナ・グルか?」と聞いたら、

店主は特有のイエスの仕草、顔を左右に振る、で答えましたが嘘でしょう。


インドの駅売店で、頑丈な鍵付き鉄鎖を売っていますが、これは盗難防止用具。
一人旅の場合、トイレなどに立つ場合、
第三者に荷物の見張りを頼んでもその人に持ち去られる危険性があります。
それで用心深い旅行者は荷物をベンチや柱に鍵と鎖でロック、そして離れます。
僕の場合はいつも荷物と不離一体、ですから狭く汚れ放題のトイレはいつもバッドラック。

インドのアレコレ:パトナ


パトナ①ホテル探しで一苦労


ラージギルからパトナへバスで移動、途中の乗り換え1回含め約4時間の道中。
午前中は霊鷲山・多宝山で過ごし、午後1時過ぎのバス(多発)で出発。
Rajigir ⇒ (Nalanda) ⇒ Bihar Sharif ⇒ Patona、夕方5時頃到着。
直ぐに20年前の土地勘でホテル街をウロウロ、但しやや感触が違います。


バス車内、座ると兎に角ほっとします。パトナ駅近くのホテル街いざ突入。


至る所“Full”で断られ、鼓音高く鳴る頃、一泊500ルピーのシングルを確保。
パトナは州都、駅前にはホテルが軒を並べ、そうした筈ではなかったのですが…。
その日は2012年12月1日、別に祝祭日でもありません。
フロントで聞くと大体の様子が判明、その日は結婚式の関連の宿泊で満杯とのこと。


今夜の宿泊を求めこのような街路をうろつき、このような豪華な部屋にたどり着きました。


食事で外出した時、カトマンズから陸路独り旅、30才位の日本人男性と遭遇。
満室続きで疲労の極地、そこでぼくも加わり探しまくったのですが矢張りダメ。
1000ルピーの部屋もOK直前で、何故かパスポートを見せた途端に矢張りダメ。
万策尽きて、相部屋にしようと僕のホテルのフロントで交渉したが矢張りダメ。


数時間前の聖地ののんびりムードから、一転して騒音・雑踏の巷、クラクラするような駅前。


ダメで打ちのめされた彼は泊まる所がなく、パトナ駅で最悪の駅宿となりました。
僕は5回程、通算半年以上のインド旅行経験中このようなことは初めてでした。
彼はカトマンズでインドVISAの取得に手間取り時間を失いぎりぎりで出国、
最初の目的地バナーラスは直行のバス便があるのにわざわざ迂回してこの結果。
行き当たりバッタリの旅行、運が悪いとこのようになるという旅行の見本です。



インドのアレコレ:ラージギル


ラージギル:多宝山③


旅は旅行と観光に分けられ、さらに旅行者と観光客に分けられるそうですが、
インドなど、宗教遺蹟や施設を巡る場合には巡拝者の分類も必要となりそうです。
観光客-「客」の場合には観光の他に食事や買い物、ひょっとすると買春が入るかも…。
要するに物質的な消費・歓楽が中心となる物見遊山の旅です。


旅行者-「者」の場合には精神的な関心・要素がかなりの比重を占めるようです。
タージマハルに代表される有名な観光地を巡るのであれば、その人々は「客」となり、
仏蹟などの宗教関連の名所を巡るのであれば、それらの人々は「者」と呼ばれましょう。
バッグパッカーは概ね「者」に属し、低価格高体験の目指す旅行者。


宝には物質的な宝と精神的な宝がありますが、「者」が手にできるのは精神的な宝です。
ドラッグに嵌っている旅行者を先々で見かけますが、精神的な履き違えからでしょう。
何かに依存して得られる精神的な高揚・酩酊、呪縛から解放させてくれるのは宝ではなく、
何も無く、何も持たない境地に安住させてくれるのが宝、精神的な宝です。


インドはその意味で精神的な宝が無尽蔵に埋もれる「多宝山」ですが発見と掘削が必要。
でもそれを手に入れるには「客」の旅行では不可能、先々でボラレまくらるれだけ、
何百ドルもするニセモノをつかまされるだけです。
モノではなく、心が持って帰って来られるコトだけが真の宝、インドの魅力なのです。


道路に羊の群れ、路上の鶏の群れ、僕たちも形を変えた群れの一つ、大きな生命の一部。


旅行者はこのようなベッドで旅の空。ベッドの下に転がっていた麵棒?さっそく記念品に。

肩が凝ると、この麵棒で肩を叩きながら旅行中のアレコレを思い出させてくれるスグレモノ。