フェルデンクライスの2年目は

最後にテストのような時間があります。

グループレッスンの指導をしてみることで

どんな体験があったか

みんなにシェアする時間です。

 

 

 

そのレッスンの奥深さをしる時間にもなりますし

考えたことのなかった部分を先輩たちから聞ける時間でもあります。

 

伝えることで感じる自分の体験を

シェアする時間でもあります。

 

 

 

いろんな目的がある時間。

楽しみました。

 

 

あと2年ありますが、

まだまだ身体をこんなに深めていけると思うと

私はワクワクします。

 

 

 

2028年までは

しばらく札幌・川崎生活が続きそうですね。

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

合間に

個人レッスンをさせてもらっています。

今は 関東の学習会で来ているメンバーやそのつながり

埼玉の受講生とそのつながりの方々で

ほぼ満員の状態です。

 

 

 

講座のなかでもよくいうのですが

自分の身体を通して経験していないことは

知識として伝えられても理解できない

という側面が人間にはあります。

 

 

 

りんごを食べたことがない人に

りんごの味を説明するのは難しいし

食べたことない人にりんごってこんな味と理解してもらうのも

難しい。

 

 

 

何事においても

”体験”がすべてなんです。

 

 

 

それを超える”まなび”の時間が存在しない。

 

 

 

体験こそ、学び。

 

 

そこで、できたとか、できないとか

わかったとか、わからないとか。

 

そんな話は本質的にはどうでもいいんです。

 

 

あなたの”何事も理解したい”という欲求がそれをもたらすかもしれないし

”わかっていないと私は価値がない”という価値観が

それをもち、苦しませてるかもしれませんが

本質的には

わかろうがなんだろうが

どうでもいいわけです。

 

 

自己成長にはまったく関係のないことです。

 

 

 

我々は気づき、日々少し違う取り組みを続けることで

日々成長していける生き物です。

 

 

単なる繰り返しではなく

ちょっとの違いをもたらして

生きていくこと。

 

 

食べ物なり

行動なり

コミュニケーションなり

仕事なり

なんなり。

 

 

ちょっとの違いを持ち続けて

生活していくのです。

 

 

 

 

 

何回もいうことなんだけど

「やっぱりこれなんだな」って

昨日ふと思ったのでした。

 

 

 

 

ちょっとの違いを起こして

楽しんでいきましょ。

きっと何年後かに、いいことありますよ^^

 

 

 

hama