【そもそも論】自分軸の話2 | まっぱでいいんだよ
前回の話のつづきです!

軸が定まらない(と思い込んでる)人や
軸(と思い込んでるもの)にしがみ付いて固執する人は、
軸が変化するタイプなんでは?ということを書いてました。



実際に軸のイメージを考えると、

中心にある長細い棒

みたいな想像になるかなと思います。
その軸がしっかりしていないと倒れてしまう。そんなイメージ。

でもその軸が樹齢500年の大木の幹のように太いものだとするなら。
その年輪の、どの位置を軸とするか?で大分違うはず。

大分変わるから自分でも自分を見失ったかのように錯覚するっていうカラクリです。全部同じ木なのに。

そうやって考えたら
自分軸なんて元々があやふやですよね。


軸がしっかりしてる。ぶれない。という言葉のイメージが先行していて、軸がぶれると劣るような気になってしまいます。

が、自分軸っていうもんは元々は無くて、
自分で創造していくものだ。多分。

そして、育てるもの。磨くもの。

自分仕様なので、ぐにゃぐにゃしたってすぐ折れたってそんなの自由なんですよ。

自分軸に決まりなんてあるかい。


軸がしっかりしている人。ドーンと立っているかっこいい人は、
バランス感覚がずば抜けて良いのだろうとも思うんです。

どんな状況でも軸を中心に置ける。
軸の位置がずれたって構わない!どどーん!
ってことです。


では、
それが難しい私達はどうするのか?


意図的に軸のポイントをずらす。


のはいかがでしょうか。

これが前回冒頭に書いた、折衷案の話なんです。
ようやく回収できた。


自分の軸がどこにあるのかわからない。
それってどうしたいとか、こうなりたい、とかがわからない。ということですね。

その時一時的な対応策として、
軸を立ててみるんです。

マスクでの肌荒れを避けるか?
花粉での肌荒れを避けるか?
どっちがつらいのかわからない。どっちもつらい。

仕方なし、一応半々に思えるところを捉える。

その軸を中心にして、やってみる。
そうすると、経過を観察できる。
そうしたら、更に改善ができる。
よし、軸の位置修正修正。

こうやって、軸を降ろすポイントを探していきます。

これ軸がぶれぶれに見えませんか?

昨日はもうマスクなんてしない!とか言ってたくせにやっぱり外出るときはマスクするんじゃん嘘つき〜。
なんて言われかねないですよね。そんな意地悪い友達が居るのかどうかは別として。


軸がぶれる仕組みを、
自分と向き合うことに利用したらどうか?

というお話です。



軸が無くても生きてはいける。

けれど無いと無いで、人生の難易度が劇的に上がるのも事実。

ゲームならばやることをやれば着実に強くなっていくけれど、
自分軸なんて曖昧なものを“ 着実に育てる ”のは、仕組みを知らない人にとっては無理ゲーです。決まったルールがあるわけでもないし。


自分が何をしたいのか?何が好きなのか?
その理想や未来が見えない状態というものは、
消化試合のような味気なさと、苦痛を伴います。


だから、軸を立ててみたい。

今日からここが私のお家ね!って勝手に自分軸ゾーンを生成する。

軸が倒れたり飛ばされたり流されたりするけれど、全部が自分軸ゾーンなので問題ありません。

大丈夫です。ぶれても自分は自分です。
それが自分軸です。


とか。
長々書いたけど。


自分軸なんて気にしなくて生きてけるなら
ぶっちゃけそれが一番いいよね、っていう。

だって自分軸ってそもそもどっから出てきた?
昔そんな言葉無かったじゃん。コミットメントが流行ったのと同じ臭いするじゃん。

生きやすさの考察として考えてたけど
個人的には「私の軸は背骨です」とでも言えばいいと思うんだ。


時間かけて最後に言うのがそれかあ…と気まずく思いつつ。締めます。

皆さんの人生に素敵な軸が立ち昇っていますように!
おやすみなさいラブラブ