今日は少し暖かくなりそうです。
やっぱ寒いのはイヤだね。
今年に入って…、というか昨年から自分の人生を振り返り、
結局のところ「自分はどうしたいのか?」という自問自答をしているわけですが…。
やはり行きつくところは「貢献」なんだよね。
もちろんまだまだだし、全然できてないし…
今年一発目に書いたんだけど、ことしのキーワードは…
「人が喜ぶことをする、
人の笑顔を観る、向き合える人と出会う」
これって、裏を返せば…
自分が…「喜ぶ、笑顔でいる、向き合える人でいる」ってこと。
こいつが課題…だね。
昨日、どんなブログを書こうか考えてて、結局はすべてが繋がって行くんだけど…。
「自分ファースト」な人が多すぎる。
人の為…
人の為と書いて「偽り」になるってた例え、聞いたことある?
これは自分の事は棚に上げてる人に当てはまる言葉。
「自分のことはいいから、あんたが…」というところ。
なので、自分が「どう在るか?」になる。
だから「在り方」というの第一優先。
しかし、それは「自分ファースト」ではない。
「自分ファースト」ってのは
「お前のことはどうでもいいから俺が、私が…」ってやつ。
もうとにかく自分が満たされることしか考えていない。
否定されるのが嫌だからそこは避けて通る。
とにかく自分にとってリスキーなことは触れないでいる。
これは日本人特有の「和」の精神から逸脱してるんだよな。
すすんでやる必要はないのだけど、嫌なところを避けて通る人は「人の痛み」がわからないんだ。きっと。
そういう人は決まって傷つきやすかったりする。
「私が〇〇したんだからあなただって〇〇してくれて当然。」
「〇〇してくれないのになんで俺が〇〇しなきゃいけない?」
なんてセリフが聞こえてくる。
例えばそれって、ケンカになった時、
「お前が2発殴った、おれはまだ1発しか殴ってないからもう1発殴っていいはずだ」
と言ってるやつと同じ。
ため息が出る…
グダグダと長くなっちゃったけど、
こういう話をすると「そういう時代だから」というワードで片づけてしまってはこの国は崩壊するだろう。
日本人としての魂をどこかの国に売ってしまったのかもね。
「今だけ、金だけ、自分だけ」
こういう人には「自分の在り方」などわかるはずもない。
心の貧しい人間になったらダメだ。
昭和の時代が良かったとか令和がどうとか、そんなことはどうでもいい。
人は心が大事。
それを奪われたらだめだ。
少数でもいいから分かり合える人と出会える自分でいよう。
いま記したこと、すべてが俺の課題である。
こんなテーマの記事がしばらく続く…。
