ウチの若者たちと先日、熊野&高野山に参拝に行って来た。
この若者たちは「金、生活、安定、物質」という目に見えるもの
だけを基準に30数年生きて来た。
それが悪いとは思わないが、どちらかと言えば若干偏り気味である。
(昔の俺も人のことは言えんけど…)
目に見えない、なにか感じることもこの先、生きて行くためには必要になるだろう。
しかし、なにかきっかけがなければそういうものに出会うことはない。
つまり意識がそこに向かなければ気づくことすらないわけだ。
てなわけで連れてった。
彼らが何を感じるかは俺には問題ではない。
それは個々に感じてくれれば良い。
ただ、俺が今回訪れて感じたことは、
生命力であった。
特にこの場所に行くことでなんか救われた感がすごかった。
(まぁ、病気持ちだからってのもあるだろう)
道中、台風の影響やらで、
暴風~大雨~ぴーかん~土砂降り…
ランダムに変わる気象変動には…
「生きてりゃいろんなことあるわさ。今日の天候みたいに…」
って教えてもらった気がする。
雨男に嘆くって解釈もあったが、
こういう角度で観ることも何かを感じるひとつであろう…
参拝から戻って2~3日は心臓の痛みはなかったな。
さて、若者たちは何を感じてきたのだろう…



