YouTubeで肥田春充先生の動きを久しぶりに見る。
呼吸と動きが調和し、肚回りが別な生き物の様に動く。上体はリラックスし、腰から下は確りしている。
肚回りのフォームや姿勢は、この動きが撮影された同じ時代に活躍した双葉山にも似ている。悠然として肚に気が満ちているのを感じる。
ここで気と書いたが、肥田式を“日本の気功法”と紹介される時があるが、似てるところはあるにしても、基本的な成り立ちが違う気がする。
肥田式により近いとしたら、やはり座禅だろうか?
姿勢のとり方(外側のフォーム)で、内側のものをコントロールする感じ。
事実、映像を見て感じるのは、肥田先生も書いている“機械的”というところ。
グーッ…ピタッ、と姿勢が自動的に決まっていく、そこに精神的なものは感じない。機械仕掛けの様に姿勢が収斂されていく様な…これはYouTubeで他に見られる肥田式をやられてる方々の動きからは感じられない部分だ。
肥田先生や双葉山、そしておそらく西郷隆盛などもそうだったと思うのだが…“悠然とした姿”を見て美しく感じるセンスを、現代の日本人は見失っている様に感じる。



