「就職しないで生きるには」(2017/10/10再掲) | 南行徳 1Heartボクシングクラブの不思議な日常

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こちら南行徳えんぴつ公園前 格闘技研究所。プロ育成ジムではないので、ほんわかした雰囲気です。

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※2017年10月10日の記事を再掲載したものです。

高校生の時に地元の図書館の棚に『就職しないで生きるには』(レイモンド・マンゴー著、中山容訳/晶文社)のタイトルを見つけた時の気持ち(ワクワクする様な胸がざわめく様なそんな感覚)を今でも覚えている。

ビジネスのノウハウ本って訳ではなく、「生計をたてつつ、同時に自由で、たのしめるしごと」にいどんでる人達のルポルタージュ。いまとはまた時代背景も違うが、様々な示唆に富むいかにも“晶文社っぽい”名著だ。

そして30年以上の時を経て、その晶文社から“新しい”「就職しないで生きるには」シリーズが刊行された。

それぞれ独自な働き方を模索する人達が書いた書籍群。茅場町で古本屋&ギャラリーを開いた人、世田谷でインドカレーの店を営むご夫婦、吉祥寺で一人で出版社を続ける人…楽な経営をしている人など一人も居ないが、それぞれが独自で魅力的なしごとをされている。仕事や働くって意味を考えさせられる。

格闘技のジムをやりつつも、同じ業界のなかに正直刺激になる様な存在が見当たらない、と感じてる僕にとっては、こういう本からの方が様々な刺激やエネルギーを貰えてると思う。

僕自身、気付いたら今までに一回も就職したことが無い訳だが、実際のところ「生計をたてつつ、同時に自由で、たのしめるしごと」を追求するのは大変な作業だ。

自分が“本当に”好きでやりたいことは何なのか?…そこを考えること自体が、なかなか骨が折れ終わらない道程とも言える。

1Heartボクシングクラブというこの場所にしても、その時期その時期で、やりたい事もやれる事も微妙に変化しながらここまで来た。形が少しずつ変わるアメーバみたいに。

『就職しないで生きるには』を何十年かぶりで読んでみて、本文よりも(失礼!)、訳者あとがきで中山容さんが、「ほんやら洞」という店に触れている部分が興味深かった。

「ほんやら洞」は京都の伝説的な喫茶店。休業中だった店を買取って、1972年にシンガーソングライターの岡林信康ら、ミュージシャン、文化人、市民たちの募金と労務提供によって開店された…とのことで、中山容さんも創立メンバーの一人の様だ。

店の2階スペースでは、美術家の個展、詩の朗読、岡林信康や浅川マキらのライブなどが行われ、京都において文化発信の拠点となった。

僕が面白いと思うのは、この活動を始めた彼らがあまり明確なビジョンを持たずに進んでいったところだ。以下あとがきからの引用。

「ほんとうのところ、だれひとり、この空間をどうつかうかということについては絶対的な青写真はもっていなかった。その都度のミーティングが、具体的なことをきめていった。仲間のひとりは『ほんやら洞』をただのキッサ店だといったし、ほかのものは、この空間を集団治療の場と考えた。いまもなお、この点がはっきりしない」

青写真なく行き当たりばったり(?)に進んでいくところも楽しいが、何よりイイなあーと思うのが、「ほんやら洞」という一つの場所に対し、皆が異なるイメージを持っていたらしいってところだ。

でもこれは今の我がジムにも当てはまることかも知れない。

純粋にボクシングジムとして通う人、キックや寝技の練習をする人、フィットネス目的で体力作りに励む人、プロレスごっこをする子ども、マンガを描く子ども、ダンスの練習をする人、ヨガをする人…ちょっと列挙するだけでも、この多様さ。皆が違うイメージを持って1Heartという場所にやって来て、違う実感を手にして帰っていく。それは素晴らしいことじゃないかな、と自画自賛してしまう。

先日ある会員さんと話したのは「このジムは子ども達にとっては“お稽古事”を超えている」ってこと。

プロレスごっこやマンガの是非はさておき(勿論ボクシングもやってます、念のため)、それで子ども達がイキイキしているのだから、ある意味で正解と言って良いのだと思う。

あとがきの中で、中山容さんはこう続ける。

「『ほんやら洞』の場合にそくしていえば、わたしたちの夢は、この空間の中で自然破壊につながらない生計のたて方を学びながら、体制にとりこまれないで、身売りせずに生きのびる『生き生きした』人間関係をつくりだすことだった」

先人に学び、刺激を受け、勇気を貰って、進もう。