一昨年、アメリカの大学から短期留学で来ていたジェイミーちゃんに音楽の趣味を聞いたところ「山下達郎が好きです!」と言うので、外国の娘なのになんちゅう渋い趣味だ!と驚いたのだが、どーやらいま世界的に“シティ・ポップ”が再評価&ブームになってるそうで…それを受けて「東京人」誌の今月号で特集が組まれた。
題して「1970-80年代 TOKYO シティ・ポップが生まれたまち」。僕の世代的には“ニュー・ミュージック”という言い方がスンナリくる。
江口寿史のイラストから始まり、「はっぴいえんど」で日本語ロックの扉を開いた松本隆や音楽プロデューサー松任谷正隆へのインタビュー、泉麻人さんが登場する対談など、読み応えがスゴイ。
はっぴいえんど、松任谷由美、サディスティック・ミカ・バンド、大滝詠一、山下達郎、竹内まりや、加藤和彦、坂本龍一&細野晴臣&高橋幸宏によるYMO、矢野顕子、佐野元春…系譜にキラ星のごとく並ぶ名前を見ていると、日本のカルチャーが1970年代半ばから80年代初頭にかけて、ある種の“成熟の極み”に達したかの様に思える。
僕が小学生だった1980年代、日本は「すごく平和な時代だった」…と間違いなく言える。(だから余計に日航機墜落やホテルニュージャパンの火災などの大事件をよく覚えている)
高度経済成長が進み、いまよりずっとおおらかさに溢れた空気の中で、音楽や漫画やテレビなど様々なジャンルで表現が花咲いていた。
(そのあとのバブルの時代は、僕自身は中学校でバレーボール漬けだった日々にスッポリと入っているので、バブルの恩恵に浴した思い出など全く無い…両親や歳の離れた姉は何かしらあったのかも知れないが。
昭和から平成になり、バブルが弾けてからの1990年代も半ばから、明らかな“劣化”がはじまったと感じる。
そこかしこで“自主規制”なるものが始まり、表現の幅が狭まった。あらゆるものが画一化された)
シティ・ポップのシーンが盛り上がった時期というのは、東京における文化の発信地の中心が、新宿(学生運動、アングラ、フォークの象徴としての街)から渋谷や青山に移行していく頃と重なる。
“都会的で洗練された”シティ・ポップの空気感は、どこか泥臭さやキナ臭さがある新宿には似合わない(個人的には僕は新宿のそーゆー空気が大好きなのだが)。渋谷や青山にはピッタリくる。
では、いまなぜ世界的にシティ・ポップが再評価されブームになったのだろうか?
思うに、都市文化の成熟さの一つの形がシティ・ポップの歌々のなかに現れてるからではないか? 騒乱の60年代~70年代初頭と、バブル期→その崩壊から社会の劣化が始まる90年代に挟まれた、シティ・ポップ全盛期の時代が、おそらくは戦後の荒廃から経済成長した日本の“黄金時代”に重なるのだと思う。
南行徳は外国人の方が多く、様々な国の人と話してみると、皆さん日本や東京のことを誉めて下さる。
治安の面やホスピタリティの高さを考えれば、確かに良い国なのかも知れないが…日本人自身が、いまこの国に感じている違和感や虚無感を考えると、そこには感じ方のハッキリした解離がある。
外国から日本に来る人達は、ある種“理想郷”…ユートピアのイメージを日本に持つのかも知れない。シティ・ポップの世界的な再評価&ブームもそれに拍車をかけてるのかも。
ユートピアと思われるに足る日本…をいま我々が創れてるかは、甚だ疑問だ。
成熟さってことを改めて考えてみよう。
