今日はジムが定休日なので、終日掃除の仕事でした。写真は今朝入った西大井の現場からの景色…右側に見える木々は初代内閣総理大臣・伊藤博文公墓所の緑です。
その伊藤博文が中心となって大日本帝国憲法が公布されたのが明治22年(1889年)。
昨年、お盆休みに父方の祖父母のお墓参りに行ったとき、享年から逆算した祖父の産まれた年が、大日本帝国憲法が公布される一年前の明治21年(1888年)だったと知ったのは、かなりの驚きでした。
ということは普通に考えると、僕のひい祖父さんは江戸時代の産まれってことになりますよね(^^;)
なんと言うか…血の繋がりは年月の連なりであって、歴史の流れに沿って続いていくのだとアリアリと感じさせられます。
江戸時代産まれのひい祖父さんの子供が、明治21年産まれの僕の祖父で、その子供が昭和12年産まれの父、そしてその子供が昭和48年産まれの僕…当たり前のことですが、何だか不思議に感じます。
祖父は、日清・日露という戦争を子ども時代や青春時代に肌に感じ、関東大震災を経験し、太平洋戦争時には最も中心に居た世代と言えます。(石原莞爾や大川周明、山本五十六、東條英機は同世代)
父は少年時代に東京大空襲を経験し、戦後の焼け野原から復興し、経済成長する戦後日本のなかを生きてきました。
祖父と父が生きてきた移り行く時代、その年月というものを考えるとき、忘れてはいけないこと、残さなくてはいけないものがあるのだと、強く強く感じさせられます。
これは一月に半藤一利さんが亡くなられたことも大きいです。
世代が変われば、色んな大事なことが朧気になっていきます。でも僕らは血の繋がりのなかで生きている。たった150年余り前、僕らのご先祖さんはチョンマゲをゆっていた…それを忘れてはいけないと思います。
その日本が近代化し、どんな歩みを経てきたか…戦争や災害で多くの人が亡くなった、そういう歴史を忘れることはできないと思います。
東日本大震災から十年の今日、そんなことを考えていました。
