家の前の道路で工事が始まってすでに3年が経つ。うちのアパートは二つの道路が交差する角部屋で、その両方の道路が時期を微妙にずらして何らかの補修工事が常に続いている。

 3年ですよ。3年。あり得ます?ガウディの「サグラダファミリア」ではない、ただの補修工事なのに。しかも同じ場所を掘ったり埋めたりリピートしているのだ。

 

 うちの近隣だけでなく、とにかくNY市のインフラはダメダメである。冬に頻発するマンホールの爆発事故、雪が一挙に解けて下水の排水溝が詰まり、交差点が湖になって渡れなくなることとか、都市のインフラ機能が限りなくゼロに近いゆえにおこる悲劇は至るところで目撃&体験できる。その他、地下鉄のダメさ加減…を言い出すと血圧計がレッドゾーンに急騰するぐらいだが、これは別の機会に書くことにする。

 

 自宅前工事については、週末と国民の祝祭日、それから時々意味不明にお休みの期間もあるが、とにかく朝の9時過ぎから午後は3時ごろまで続く。その間はアスファルトに穴をあけるドリル、スレッジハマー、その合間に現場労働者の怒声が超絶の交響曲となって窓から飛び込んでくる。時には粉塵が窓ガラスにびったりとこびりつく。

工事施工主は時には電気、ガス、水道公益会社、その他(?)で、目的は不明なことが多い。

こういうのはビルのドアマンたちが一番情報を持っているのだが「管が古くなったから」「この前の工事で不始末があったのでやり直し」「道路の穴ぼこをふさぐため」とか、大体は後付け理由としか思えないような説明ばかりだ。真実はわからない。

 

新型コロナ以降、自宅待機する中で、瞑想教室もすべてビデオ会議形式に移行した。朝の瞑想クラスの開始時刻はちょうど工事の開始時刻と重なる。

瞑想に入ろうとするまさにその瞬間に「ウィイイイイイイイーン」というモーター音がさく裂。いやがらせか、と殺気を覚えますよ。マジで。

スクリーンの向こう側で、生徒さんたちの額にすだれがかかるのが私にも読み取れる。ミュートにしたいところだが、私は瞑想の方法を指導をしているため、マイクは開けておく必要がある。

「音はただの音です。それを”ノイズ”だと思うのは自分の価値観を加えているからです。ただ聞こえてくる音を感知するだけでいいんです。意味や価値を加えないでね」とは言いながらも、「これ、絶対無理」と思う自分がいる。

 

 

 NY市は修行の機会を多々与えてくれるありがたい場所ではある。