毎週土曜日になると、チクッと胸が痛む。NY市にあるライカーズ島のことだ。
ここにはNY市が管轄する刑務所がある。コロナ禍で施設が一般人には門戸を閉めた2020年3月まで、3年間にわたり月1回のペースで土曜日の朝に瞑想指導のボランティアをしていた。最後に訪れたのは、NY市がシャットダウンした数日前の3月14日。刑務所内の廊下で拘留者たちがモップをかけていた。「いつもより清潔ですね」とエスコートしてくれた刑務官に話しかけたことを覚えている。
自宅からは地下鉄を2本乗り継ぎ、徒歩10分、ライカーズ島刑務所を終点にするバスに乗り、片道約1時間15分から2時間半という予測不能な時間がかかる(MTAの無謀な路線工事スケジュールに振り回される一般市民の怒りがふつふつと煮えたぎります)。ライカーズに到着する直前の数分間はクイーンズとブロンクスを結ぶ細い橋を渡る。三途の川を渡っているようで、いつも心がざわついた。
刑務所とはいっても有罪が確定し、服役中の人間も居れば、まだ拘留されているだけで、有罪か無罪か確定していないような人間も居る。収監数は5000人ほどだ。
私の訪問はRose M. Singerビルという女性専用施設で(内輪ではRosie'sと呼ばれている)、500人ほどが収監されている。毎回45分ほどの瞑想セッションには8人から10数名の人間が参加する。何回も参加して顔みしりになった囚人もいたが、ほとんどは一期一会。小さなリクリエーション室を使い、プラスチックの硬い椅子を丸く並べて5分から10分の短い瞑想を何回か行う。
瞑想の合間には短時間のディスカッションの時間も設けた。残してきた赤ちゃんのことを思い出して泣く若い女性、刑務所内でのサバイバル方法のさまざまなヒントを披露する中年女性、弁がたち鋭い質問をしてくるモスレムの女性、恥ずかしがり屋のトランスジェンダー、聖書を持ち込み「神の愛」について熱弁をふるう女性、なんでもありの世界だ。
一度だけ、日本人の若い女性が参加してきたことがある。お互い顔をみるなり同国人だとすぐわかった。私は「なぜに貴女はここに居る?!」というビックリマークの表情になっていたと思う。
部屋の外では無線トランシーバーのガガガーッという音が常に響いている。腰に1ダースもあるのかという鍵をじゃらじゃら鳴らして見回りの刑務官が外を通るたび、室内の彼女たちはぴたっと話をやめて廊下を隔てるガラス窓に目をやる。
「私たちがね、一番欲しいものは自分だけの時間よ」と一人が発言して「Oh! Yeah!」と全員がうなずいた事があった。居室は1部屋50人、ベッドとベッドの隙間はほとんどないらしい。トイレも部屋の中にあり、扉はないと言う。瞑想を始めると半数は居眠りを始める。心も身体も疲れ果てているのだろう。あばれないように精神安定剤を処方されている収監者も多い。
セッションが終わるとほとんどの女性たちは「来てくれてありがとう」と挨拶をして部屋を出ていく。何度かハグもされた。規則では収監者と個人的な接触をしてはいけないのだが、全く無視する。交流は言葉や心だけでなく、ときには触覚も必要だ。とくに彼女たちには。きっと。
ライカーズ刑務所に対する市の政策は劣悪だ。予算カット、人員不足もあるのだろうが、いまだにボランティアの再開のメドはたっていない。
ライカーズ島からはイースト河をはさんでラガーディア空港がすぐそばに見える。施設のビルを出ると飛行機の轟音は絶え間がない。飛行機に乗ってどこにでも自由に行ける人間、どこにも行くことのできない人間が共存している。
NY市には天国と地獄が隣り合わせにある。
ライカーズ島へ渡る橋からラガーディア空港を臨む

