年末に近づくにつれ3.11の報道が多くテレビで報道されています。



正直、当時の映像を見る事は辛く苦しいものがあります。







360秒にも及ぶ激震。





真っ黒になって襲う津波。





身を切るほどの寒さ。





空腹。





涙、涙、ただ涙。





これからどうなってしまうのだろうという恐怖。





3.11の夜に見た満天の星空に飛ぶ多くのヘリコプター。





嘲笑うかの如く不安を募らせる余震。





方々から聞こえる緊急車両のサイレン。









昨日のことのように鮮明に覚えています。






多くの命、



多くの家、



多くの仕事、



多くの思い出を、





失った私たち。





天災に追い打ちをかけた人災。



原発事故。





放射線のため故郷を捨てなければならない決断。





置き去りにされたペット、家畜。





置き去りにされた家、思い出。





あとに残されたのは怒りと不安。







除染もままならない、



食べ物が大丈夫なのかもわからない、



どうしたらいいのかわからない、



国からも正確な情報が降りてこない、



自分かどうなっているのかもわからない。






ただわかる事は、



そこにはもう住めないということ。






原発の廃炉には40年かかるという発表。





その時には76歳。







今、報道されているものを出来るだけ多く保存し、



後世に伝える事が今できる事だと思う。






私には子供がいない。



これからできるのかもしれないが、






私の姉たちの子供たちには将来大人になった時に伝えたい。





君たちのお父さんお母さんはこうやって君たちを守ったんだよと。






それくらいしかしてあげれない。