浅田次郎 著 『蒼穹の昴』 全四巻を読み終えた。面白い本だった。読み終えるのが惜しいぐらいに。

1996年出版なので、10年以上遅れで読んだわけです。


NHKのBSハイビジョンで日中共同制作ドラマが放映されることを知り、原作を軽い気持ちで読みはじめたんですが、なぜ、もっと早くに出会わなかったんだろう。でも、私にとっては、今が読み時だったのかも。


多分、映像よりも、原作本の方が面白いんじゃないかな。映像版の場合は、紫禁城とか、西大后とか、歴史絵巻的なビジュアルに焦点があたってしまいそうだから。壮絶な科挙の試験の場面の心理描写とか、宦官になるための悲壮な悲惨なプロセスは映像では描き得ないというか、直視できないものになると思いますから。(放送コード的にも難しいし、表現方法がデリケート。)


歴史上の人物も色々出てきますし、清朝のみならず、ベネチア、日本、各国ジャーナリスト、はたまた、幼少期の毛沢東まで登場する時空的なスケールの大きさ。基本的にはフィクションなんでしょうけれど、ありえる。世界は、果てしなく細く太くつながっていて、何かの必然でできていると強く感じました。


人間の(誰かの)英知と努力が共同体の運命を切り開いていく。


この小説を読むと、なぜ香港が、1898年の99年後の1997年に中国に返還されたのかもわかる。


清朝:九九(ジウジウ)=99年≒英国:久久(ジウジウ)=永久(租借)。99年は、果てしなく遠い将来ではないけれど、その場に居合わせた人々が生存できない(責任をとれない)ぐらいの将来で、そういう意味では、その音が示す通りの永遠かもしれない。


1898年の香港(新界)の租借条約締結の場面の李鴻章将軍の交渉術、落としどころが鮮やか。清朝皇帝への忠信というよりも、王朝滅亡を前提として、中国の民を愛する気持ちがそうさせたのか、迫力ある良心を感じる場面。中国の面子と西洋の主張を共に満足させるやり方。


内外の策略や私利私欲の渦巻く中で、時々の法や原則を超える真の良心の行使が行われる場面に、数々の決断に、胸が熱くなる。

人間の器が盾となり、天命のある大人(たいじん)の資格が、刺客をかいくぐっていく。そして歴史は続いていく。


蒼穹の昴(1) (講談社文庫)/浅田 次郎
¥660
Amazon.co.jp

全4巻なのです。