★4.0
 
「その者青き衣をまといて 金色の野に降りたつべし」
<その者>は果たして、光か…闇か…
宮崎駿が描く、子供向け「光」のジャンヌ・ダルク。
 
仕方なく生まれた妥協グッドエンディング作品。
原作を見比べると、宮崎駿の「要素を切る」技術を堪能できる。
 
監督の本音は知りたければ、
浅い所なら「もののけ姫」。深い所なら原作を読む。を推奨します。
さすれば「生きねば…」にたどり着く。
 
1984年3月11日 に公開。トップクラフト制作。
(注意:ジブリとか言うてる人いるけど、この時まだジブリじゃないからね。)
 
原作:
『風の谷のナウシカ 2』、1983年8月25日。
『風の谷のナウシカ 3』、1984年12月1日。
の発売日を察するに、原作2巻途中までの内容で映画化した作品となる。
故に、原作ではこの後、長々と続く泥沼の展開が無い。
故に映画は、多くの大衆が楽しめるように再構成した子供向け作品であることは、原作を読んだ方には理解できると思います。
 
<子供の時の僕>
子供の頃から、そこそこ観てました。
キツネリスを飼うことが夢でした。
キツネリスがナウシカの胸の中に入るのが何故か羨ましかった(大人になって感情理解ww)
小さいオウムを持っていく大人の手が怖かった。
大ババ様、ドロドロの巨神兵が怖くて嫌いだった。
ユパ様かっこいい。
 
といったようなのが、幼き頃の感想です。
時を隔て…
 
<原作読んだ大人の僕>
はっきりいって、映画は子供向けだった…という点で、
かなり衝撃を受けた。
アニメのナウシカが嫌いになりそうになるくらい、
綺麗に整われたのが映画。だということが分かった。
 
ー浅はかだったー
 
本当に醜いものは人間そのもの。
人間嫌悪/絶望には、最高の一品。
 
にも関わらず、
宮崎駿は子供向け映画を作る点で本当に天才過ぎる…
時間内に表現できない要素は躊躇なく「切る」能力にも長けている。👏
 
故に、本音を出していないことが多い。
本音全開の高畑さんを敬愛していた気持ちはここにあるのではないのか…と強く想う。
(高畑さんは高畑さんで、巧妙な演出で一筋縄では行かないですが💦)
 
理由は違うでしょうが、
高畑さんが本作に「30点」というのは、少し分かる気がします。
(流石に30点を付ける気にはなりませんが💦)
 
だからこそ、ほぼ個人で作り上げれる「漫画」に関しては、
宮崎駿の本音が駄々洩れというわけです。
(これ、結構重要です。監督の考え方を理解するためには、寧ろ必須なぐらい。)
そのことを知りたければ、原作は必読に値します。
(ただし、宮崎さんは原作に対しても、ダメ出ししてる。)
 
やはり、以下3点がないことで、物語の核にたどり着けていないことが何とも勿体無い。
・オウムの正体
・腐海の真理
・「光と闇」のジャンヌダルク、ナウシカの選択
(ユパ様は原作でもかっこいいけど、必須ではない。
クワトロ/クシャナ、クソかっこいい。)
・ヴ王は必須。(ナウシカにあれだけのことを言えるのは、ヴ王だけ。)
 
>だったら、「ナウシカ2」を作ればいい。
と思われる方がいるかもしれませんが、宮崎駿はそんな野暮なことはしません。
「2時間で終わらせる。それが映画館まで足を運んでこれた客への礼儀であり、それこそが映画。」
というプライドがあるのだと、私は想います。
(故にジブリには長編続編が無い。金を稼ぐだけのことを考えると、続編を出すことは安定要素です。
ディズニーが続編に躊躇しないのはその為です。(勿論、制作経験値稼ぎという部分もありますが))
 
故、あの時出来なかったナウシカを
リベンジしたものが「もののけ姫」です。
登場人物、テーマ等々を見ると非常にシンクロしていることが分かります。
ただ…こちらも、絶望エンドを回避している。
 
原作ナウシカは、
絶望エンドでもありながら、希望エンドでもある。
だからこその「生きねば…」という言葉にならない生命の話に繋がる素晴らしさがある。
 
私が言いたいのは、
アニメが好きな方には是非、原作を手に取っていただきたい。
きっとアニメが好きな人ほど精神的ダメージを読者に与えることも予期している。
しかし、それは逃げでしかない。
ナウシカは逃げなかった。それはアニメも原作も同じである。
 
どうかナウシカが突き進んだ道を見届けて欲しい。
それがどのような結末になろうとも…
それこそが本当に
 
人を愛すこと。
ナウシカを愛すこと。
この世を愛すこと。
 
だと私は心底想っております。