今まで、大変なことたくさんありました。

 

義母と母が同じ病院の3階と5階に入院していた時。

当時は洗濯とか何かにつけ家族対応でしたから

病院内を走ってました。

 

夫入院中に父がヘルニアの手術を受けることになり

手術中の院内待機→

高齢なので泊まって欲しいと言われ一泊。

タクシーで両病院を行き来。

 

夫入院中の母の白内障手術。

 

母のペースメーカーの電池交換手術で

院内待機中に父がショート先で40度近い高熱。

 

故弟の後始末を終えて

帰宅した翌朝、ショート中の義父の不穏で呼び出し

→ショート中止。

 

私自身の怪我もあったし。

 

その都度、自分で考え

自分で判断し

ショートなど必要な介護を頼み

自分で解決してきました。

 

持病が悪化する前でも

夫は頼れず(仕事)

実家ごとでも弟は無関心。

 

それでもなんとか回してきました。

 

実家も婚家も

介護に必要なお金はあったので

その点は助かりましたが。

 

 

家族、親族、義理も含めて

口出しに辟易されている方がたくさんいらっしゃいます。

 

お金は出さないけれど

口だけは出す、そして貰えるものは貰おうとし

親の金を減らすな、とさえ言ってくる。

 

そのような苦労はありませんでした。

 

それがここにきて

母の我儘、というか初期認知症ゆえかと思いますが

泣き言、愚痴、脅しに振り回されています。

 

私の考えや工夫だけではどうにもならない

新しいステージに入ったのだと思います。

 

自分で回していける時は

大変でもなんとかなっていました。

 

私の工夫や提案は全て却下で

それでもなんとかしろ!と言われ。

 

挙げ句の果てには

父や義父には尽くすのに

なぜ母はほっておくのか、などと言われ。

 

母がすでに施設入所していることは幸いです。

衣食住は確保され

生命の安全にも気配りがあります。

 

割り切らなくちゃ。

心にダメージを負わないように

自分を守らなければ。

 

今は2〜3日食べられなくても

立ちくらみ程度でなんとかなっていますが

続くと体調を崩すのは明らか。

 

ダメージからの復活には5日はかかってます。

ひ弱と言われればそうですが

それが私。

 

私はギリギリまでは頑張りません!

倒れるまでは頑張りません!

 

用意した決め台詞は

「これ以上はできません。

弟に相談してください。」

です。

 

言わなくて済めばいいのですが。