僕が通っていた高校では、毎日 出席番号順の一人が日直を当番することになっていた。当番といっても……日直の仕事は 授業終わりに黒板を消すことと、日誌(6限までの授業科目及びその内容)を書くこと……ただ それだけだった。


日誌は面白い。 ちゃんと6限目までの科目とその授業内容までを詳細に書く人もいれば……横着して「1限目 数学  2限目 英語」などと授業内容を書かずに適当に提出する人もいる……まるで書く生徒の性格を反映するかのように……


 そして、日誌の最後の項目にこういうものがあった。「日直という仕事について 何か一言」

…………ただ、この項目を書き込む人は ほとんどおらず、皆 空欄で出したり 「特に無し」と書いて提出していた。当たり前といえば当たり前だ。皆 与えられた当番を ただ機械的にこなしているだけなので……わざわざ この項目の欄を書く為の時間と脳と労力を使いたい者などいるはずがない。
高校に入学して1ヶ月経ち……2ヶ月、3ヶ月と経っても……その最後の項目に書き込む人は現れなかった。


 
高校に入学して半年程経ち、ようやく高校生活にも慣れてきたある日……また僕に日直当番が回ってきた。
 朝  登校してすぐ教卓の上に置かれていた日誌を手に取り自分の席に戻り おもむろに日誌を開くと……前日 日直だったA君の書いたページが目に留まった。

「(1限目  数学、2限目英語…………フフっA君らしい……)」実に省エネで  授業内容など書かず必要最低限の仕事で済ませていた 



……………………そして最後の項目,…………日直という仕事について 何か一言





「メンドくさいこと さすなボケ」




ワイ「(…………………………💧A君?💧)」


自分の席について、一限目の授業の準備をしているA君を見やると、いつもと変わりなく特段 イライラしている様子もない…………

「(…………ただの冗談で書いたのか、それとも昨日は何かしらストレスがたまっていて  書かれたのか………………いずれにしても……フッ  アホやな~💧)」
 僕はA君の書いたページの右に今日の日付と一限目の授業を書き込み…………いつもと同じように日直の当番をこなした………………


淡々と……常に真面目で……人 一倍臆病で石橋を叩いて  叩いて渡るように生きてきた僕は……この日も  いつもと同じように過ごそうと努めた。しかし、下校する時……日誌を返却する時  どうしてもA君の あの言葉が僕の脳裏をよぎるのだ。

「(何故A君は あんなことを書いたのだろうか?💧しかも、入学して半年経った今になって何故?💧…………あれは ただのジョークだったのだろうか?💧 

それとも

…………………………A君なりの…………僕へのパス  な・の・か?)」


などと深い事は考えずに僕は日誌を返却して帰路についた…………

最後の項目に

「メンドくさいこと さすなボケ 2」と書き添えて………………




翌日、登校すると一限目は オーラルB という別教室での英語の授業だった為 僕達はその教室に移動した。皆ヘッドホンを着けて英語でのみのコミュニケーションを許される オーラルB…………イギリスのジョナサン先生の流暢な英語が僕の右耳から左耳へと流れていった…………


「(全く分からへーーーーーーん💧もはや 単語を追うことすら 至難やぞーーーーー💧)」


僕達の学力を、大幅に越えた授業をなんとか耐え終え、一限目を終えた僕達は自分達の教室に戻って来た。
 そして、オーラルBでの教科書を机の中にしまおうとした時………………

ふと自分の机の上に  一枚の紙が貼ってあることに気づいた………………


「この休み時間中に、生徒指導室に来なさい」




……………………「(やってもーーーーーーーーーーたーーーーーーーーーー💧いつも慎重に石橋を叩いて叩いて割って生きてきたのに、うかつにもA君のパスに乗ってしまったが為に……ウウ💧)」

僕はうなだれて ため息を吐きつつ、その張り紙を剥がしズボンのポケットにしまった。…………ハァ……今さら悔やんでも仕方がない…………自業自得なのだ…………


僕は顔を上げ生徒指導室に向かおうと教室のドアの方を見やると…………周りの楽しく はしゃいでいる生徒達と 一人だけ色が違う生徒が居た。立ったまま自分の机の上の張り紙を見つめているA君だった…………

A君は目をパチクリさせ、石像の様に固まったまま……机の上の張り紙を凝視していた………………彼の時間だけが  停まっていた


そりゃそうだ。A君からしたら 自分が日誌に書き込んでから2日も経っているのだ…………自分が何故 生徒指導室に呼び出されているのか…………全く意味が分からないのだろう……気の毒に……


僕は固まっているA君の側に駆け寄り、肩をポンと叩いた。

「……実は俺も呼び出されてんねん💧一緒に行こう」

A「……え?💧何で お前も呼び出されてんの?なんかしたん?💧」

「いや実は昨日…………A君のパスを受け取って 俺も日誌に書いてもうてん~💧メンドくさいこと さすなボケ2…………って」



A「お前アホかっーーーーーーーーーーーーーーー💧2日連続そんなん書いたら 問題なるに決まってるやろうー 。うわーーーーー最悪やっ  お前………………パスとかちゃんねん………………うわーーーもうっ💧」

「まぁ~怒られに行こっ」



生徒指導室の前に二人立ち ドアをノックして入室した。生徒指導室には指導部の先生と僕達の担任(マジシャン芸人のナポレオンズの眼鏡をかけてる方に似ていることから  皆からナポレオンと呼ばれていた)が二人 座っていて ……担任のナポレオンがキレているのが すぐに分かった。

ナポレオン「そこに正座しろっ!!」


…………僕は素直に……即座に正座したが、隣のA君は

「…………ぼ……僕 レスリング部で今 右膝ケガしてるので……正座できないんですっ💧」


ワイ「(………………何を言ってるのだコイツは……💧怒られに来てるのに  正座できないって……)」

A「……ほ……本当に …………右膝 痛いんで 右足 伸ばしたまま 座っても いいですか?💧」


ナポレオン「いいやろ……」


ワイ「(…………いいんかい)」


これから 説教され指導される立場だというのに  両足を前に投げ出し楽な体勢で座っているA君の姿は何だか滑稽で…………ナメくさっているかのような姿だった……

ワイ「(プッ…………ア……アカン……💧今笑ったら殺される💧俺達 悪いことして  今それを正してもらおうとしてるのに……何でコイツ 熊のプーさんみたいな座り方してんねん……アホか💧)」


ナポレオン「俺達だってなーーーーー  好きで日直やらしてる訳ちゃうねんーーーーー!!お前らの・・・・・・・・・・・・・・」その後は早口過ぎて聞き取れなかった……………………


最後に例の日誌で頭を一回だけポンッと叩かれただけで済み、僕達は謝りながら生徒指導室をあとにした…………教室に向かう途中の階段で

ワイ「…………正座できへんって……なんやねん💧」

A「部活のレスリングでケガしてて マジで伸ばされへんねん💧ってか、お前が書き込むから こんなん なってんぞ~」 

ワイ「…………てっきりAのボケに続け~っていうパスやと思って…………💧」

A「んなわけないやろ、アホかっ」

僕達はその後…………何事も無かったかのように授業を受けた………………



そして、翌日登校した時  すぐさま日誌を開き 僕の次の日直だったK君の書いたページを見たが……………………



「日直という仕事について何か一言」の欄は空白だった………………


その後も続く者は 誰も現れず…………A君と僕のボケのクーデターは………………そこで ついえてしまった……………………