オリジナリティ | BIG UNGRY MOUTH

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日々の雑多な感想。感情の垂れ流し。

アレだ。


帰宅すると、駅前にストリートミュージシャンが、いつもいる。


こっちはイヤホンしてるし、帰宅に忙しいのだが、、、、、

正直、ウザイ。


まず。

どいつもこいつも、みんな一緒だ。

やさしさソングのオンパレード。

ゆずかコブクロの模倣。


コピーとかカバーじゃないし。

模倣だ。

で、いちばんウザイのが、

まず例外なく、


”おおお~、あ~あ~あ~、♪”


文字にするとこんな感じだ。

声を張り上げて、歌い上げているつもりだろうが、カラオケのオヤジが歌う

愛の賛歌とか、昴に匹敵する押しつけがましさだ。


まあ、10組いたら、9組は通り過ぎるまでに、必ずこのウザイ歌い上げに出くわす。

ほとんど100%だな。


これはボーカルやっているモノから言わせると、相当楽な発声である。

バラード、歌い上げって、日本人には得意なのだ。


マジに難しいのはロックである。

それもノリノリの奴は実は難しい。息継ぎとかね。滑舌もだ。


閑話休題。


ほんとウザイんだが、せっかく腹くくってストリートに立っているのに、

なんで、みんな横一線なんだろうな。

誰一人、ド渋いブルーズなんてやっていない。


若いうちからそんなんでいいのか?


思えば、ワシの高校生の頃、学園祭でお決まりの様にバンドをやるのだが、

ワシら以外のバンドは、当時の流行だな、まあかなりの比率でアースシェイカーのモアを

やってた。13バンド中8バンドぐらいか?


どいつもこいつも、出てくる奴出てくる奴、ナイフを握りしめてたようだ。


ワシらは下手にも程があったので、ピストルズでお茶を濁していた。個人的にはbauhausをしたかったんだがな。

面白かったのは、よくわからんサブカルチックな女子バンドだったかな。


他はまったく面白くなかった。


大学祭の時、ミスコンがあったのだが、候補女子の9割がカラオケタイムで

チャチャチャを歌って、全員の失笑を買っていた。


若いくせに右にならえでどーする。


変わったことをするのが嫌なら、音楽なんてやめちまえ!


タダで聴かせているのだから、お金を取っているわけではないのだから、

自分のやりたい様にすれば良いのか?


答えは残念ながらノーだ。


表現というのは自分の中にある形にならないモノを、なんとか形にして噴出させたいという

抗いがたい欲望からわき上がるモノである。

そこには自分一人の表現が必ずあるはずで、すでにその時点でオリジナリティが発生する。

だが、巷のストリートミュージシャン達は、そのオリジナリティの表現を安易に

手近な題材で満足しようとする。

そのため、オリジナリティが消失してしまうのだ。

ジョニーサンダースを歌っている連中なんて見たこと無い。


人前で聴かせるというのは、ストリートの場合、否が応でも不特定多数の人間の耳に入れる

事になる。

それは、表現の押し売りに他ならない。

無料であっても購入を迫っているのだ。

それならば、表現は究極まで考え抜かれたモノでなければならない。

そうで無いモノは、個人の趣味であり、人に聴かせるモノではない。


オリジナリティのないモノを無理に聴かせるのは悪行である。


もし今からストリートへ、と考えている若いのがいたら。

まずビートルズのレボリューションNO.9をやってみてくれ。

やろうと思えば、MISSING FOUNDATIONだって出来るぜ。


話はそれからだ。