正直言って苦しかった。 | BoBokoとNekoとNY→メイン→ダラス?

BoBokoとNekoとNY→メイン→ダラス?

前略 お元気ですか。 BoBokoは元気です。 Nekosも元気です。 BoBokoとKuroNekoの味のある(はずの)NY→メイン→ダラス生活のお話です。

 

お元気ですか。

ああ、春休みは今日で終わりです。

見事今晩は仕事が間に合わず、

夜更かしすることになります。

徹夜だけにはならないようにしないと。

だって明日歯医者なものだから。


さて今日も「BoBoko気が付いたらNY」のお話の続きを

書かせて頂きます。最初から読みたい方は

テーマ「気が付いたらNYに」をクリック願います。


ここまでのお話の要点:


1.H教授の授業中に泣くほど苦労して書いたペーパー

(テーマ「書けないということ」)

2.素晴らしいH教授

3.授業で読まされたある一冊の本

4.その本の著者に書いた質問はBuddhismについてだった。

5.その本の著者、O教授との出会い、会話(Buddhismの漫画)。

6.O教授のセミナーで、私は記録係だった。

7.H教授に学会での発表を勧められる。

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私はあの頃のO教授とやり取りしたE-mailをまだ残している。

私のE-mailも長いが、O教授も本当良く書く人だなぁ。


手塚治虫のブッダ情報を教える約束をしていたので、

セミナーが終わり、すぐにO教授にメールを送った。


「先日はとても興味深いセミナーを有難うございました。」

とお礼から始まり、これこれこういうことを学び、

とても為になったとセミナーの内容に触れ、

少し自分の話もしながら、

最後に「約束の手塚治虫情報を送ります。」


今読み直すと、何としまりのない文面。

でも一生懸命に書いている昔の自分を見るのはとても新鮮だ。

このメールきっと何時間も掛けて書いたんだろうな。

そんな頃の自分に何かを教えてもらったような気分だ。


O教授からの返事はすぐにやってきた。


滅茶苦茶長い!!!


「早速手塚治虫情報ありがとう。私は何気に漫画好きでね。この夏の楽しみにしておくよ。読んだら君に感想文を送るから。」


あれ。。そう言えば感想文なんて貰ってなかったな。


「それにしても今回のセミナーは本当に楽しかった。○○大学の学生があまりにも熱心で心打たれたよ。まさか皆があそこまで私の本を熟読しているとは思わなかった。BoBokoはその中でも印象に残った学生の一人だよ。あの質問のリストには正直驚き、セミナーでどれだけグリルされるのか(追求されるのか)恐怖感すら覚えた。」


ええ訳すのはこの辺にしておきましょう。


彼はそれから延々と今回のセミナーで

自分は何を学んだかを綴っている。


この長いメールを頂き、とても嬉しかった反面、

「どうやって返事しよう。」

と悩んだのを覚えている。


一々取り上げている点に返事をしてたらとめどなく長いメールになってしまう。そして時間が掛かって仕方ない。しかもまたその後に更に長い返事を頂きそうで怖い。


メールの最後に

「Bobokoは記録係だったね。

もし何か質問があったら遠慮なく聞いてくれ。」

と言っているので、それを利用することした。


私の返事の概要:


「心の篭ったメール本当に有難うございます。勉強しないといけないことがまだまだあり過ぎて、たまに気が遠くなりますが、「沢山勉強しないといけない」から「勉強したいことが沢山ある」と観点を変えることの大切さをO教授のメールで教えていただいたような気がします。その方がずっと意味のある「学び」になりますね。これからも頑張っていきたいと思います。


ところで、そうなのです。私セミナーで記録係だったのです。自分で纏めてみたのですが、添付物をご覧いただけますでしょうか。まだ下書きですが、いずれ学科の皆さんに配布したいと思っています。」


その添付物、今読み直すと飛んでもなく汚い。

と言うのはあまりにも昔の自分が可哀相だがね、

いやぁ、私ってば。。。これをO教授に送ったのか!


録音したテープ2時間を何度も何度も聴きなおし、

一語一句逃さず書きしたため、

そこから自分のノートと照らし合わせながら

纏めの作業に入ったのだが、

全然纏まっておらず、ダラダラ書かれている。

4ページビッシリと。

せめてもう少し読みやすく、箇条書きにするとか

考え付かなかったのか。

ほら、ここなんか同じことを3回も言っているよ。


O教授の返信はまたもや即効だった。

「私はパソコンフリークでね。一日中PCに向かっていると思われても仕方ないね。」


はい、本当そう思います。

それより私は何日か掛けてやっとメールを書いているのですから、

そんなに返事が早いとちょっと辛いです。


とは言ってないけれど。


O教授の返事はまたとても寛大だった。量的にも内容的にも。

私の纏めたものはちょっと長いのでは、

とやんわりと指摘をしてくださりながら、

参考資料やら、自分がセミナーの準備に使った、

過去に発表した論文を送ってくださった。


O教授とはその後メールを3、4往復した。


彼に送るメールは授業で書くリサーチペーパーよりも大変だったのを覚えている。一週間ほど掛けてメールを書き、やっと送ったと思ったら次の日には返事が来ていた。授業で課題を出されているのと変わらないテンポとプレッシャーがあった。


最後の方は、これがいつまでも続いてしまったらどうしよう、と不安になっていた。


最後はO教授からのメールで終わっている。


Looking forward to seeing you at the upcoming conferences.

Keep in touch!


短い。


さすがの彼も疲れていたのだろう。

私はホッとしたよ。


そして私達が次に言葉を交わすのは一年後の学会になります。


それまでO教授とは全く関わりを持ちません。

まぁ、その後もNY行きが決まるまでは、

O教授とは学会で挨拶をする程度なのですが、

その交わした小さな挨拶はかなり重要な役割を果たしていた

と思います。


でも何よりも、あの苦しかったけど嬉しかったE-mail交換が

なかったら間違いなく私のNY行きはなかったでしょう。


とまぁ、結局どの瞬間も、大きくとも小さくとも

私のNYへの道づくりには欠かせなかったと、

それが言いたいだけです。



ここまでの話で覚えておいて頂きたいこと。


1.素晴らしいH教授→H教授の授業中に泣くほど苦労して書いたペーパー(テーマ「書けないということ」)

2.H教授の授業で読まされたある一冊の本→その本の著者に書いた質問はBuddhismについてだった。→その本の著者、O教授との出会い、会話(Buddhismの漫画)。→O教授のセミナーで、私は記録係→セミナーの後、O教授とメールを1ヶ月に渡りやり取りした。
3.H教授に学会で一緒に発表しようと勧められた。


小さく纏めて見ましたが余計分かりにくくなったかな。