お元気ですか。
ああ、春休みは今日で終わりです。
見事今晩は仕事が間に合わず、
夜更かしすることになります。
徹夜だけにはならないようにしないと。
だって明日歯医者なものだから。
さて今日も「BoBoko気が付いたらNY」のお話の続きを
書かせて頂きます。最初から読みたい方は
テーマ「気が付いたらNYに」をクリック願います。
ここまでのお話の要点:
1.H教授の授業中に泣くほど苦労して書いたペーパー
(テーマ「書けないということ」)
2.素晴らしいH教授
3.授業で読まされたある一冊の本
4.その本の著者に書いた質問はBuddhismについてだった。
5.その本の著者、O教授との出会い、会話(Buddhismの漫画)。
6.O教授のセミナーで、私は記録係だった。
7.H教授に学会での発表を勧められる。
______________________________________________________________________________________________
私はあの頃のO教授とやり取りしたE-mailをまだ残している。
私のE-mailも長いが、O教授も本当良く書く人だなぁ。
手塚治虫のブッダ情報を教える約束をしていたので、
セミナーが終わり、すぐにO教授にメールを送った。
「先日はとても興味深いセミナーを有難うございました。」
とお礼から始まり、これこれこういうことを学び、
とても為になったとセミナーの内容に触れ、
少し自分の話もしながら、
最後に「約束の手塚治虫情報を送ります。」
今読み直すと、何としまりのない文面。
でも一生懸命に書いている昔の自分を見るのはとても新鮮だ。
このメールきっと何時間も掛けて書いたんだろうな。
そんな頃の自分に何かを教えてもらったような気分だ。
O教授からの返事はすぐにやってきた。
滅茶苦茶長い!!!
「早速手塚治虫情報ありがとう。私は何気に漫画好きでね。この夏の楽しみにしておくよ。読んだら君に感想文を送るから。」
あれ。。そう言えば感想文なんて貰ってなかったな。
「それにしても今回のセミナーは本当に楽しかった。○○大学の学生があまりにも熱心で心打たれたよ。まさか皆があそこまで私の本を熟読しているとは思わなかった。BoBokoはその中でも印象に残った学生の一人だよ。あの質問のリストには正直驚き、セミナーでどれだけグリルされるのか(追求されるのか)恐怖感すら覚えた。」
ええ訳すのはこの辺にしておきましょう。
彼はそれから延々と今回のセミナーで
自分は何を学んだかを綴っている。
この長いメールを頂き、とても嬉しかった反面、
「どうやって返事しよう。」
と悩んだのを覚えている。
一々取り上げている点に返事をしてたらとめどなく長いメールになってしまう。そして時間が掛かって仕方ない。しかもまたその後に更に長い返事を頂きそうで怖い。
メールの最後に
「Bobokoは記録係だったね。
もし何か質問があったら遠慮なく聞いてくれ。」
と言っているので、それを利用することした。
私の返事の概要:
「心の篭ったメール本当に有難うございます。勉強しないといけないことがまだまだあり過ぎて、たまに気が遠くなりますが、「沢山勉強しないといけない」から「勉強したいことが沢山ある」と観点を変えることの大切さをO教授のメールで教えていただいたような気がします。その方がずっと意味のある「学び」になりますね。これからも頑張っていきたいと思います。
ところで、そうなのです。私セミナーで記録係だったのです。自分で纏めてみたのですが、添付物をご覧いただけますでしょうか。まだ下書きですが、いずれ学科の皆さんに配布したいと思っています。」
その添付物、今読み直すと飛んでもなく汚い。
と言うのはあまりにも昔の自分が可哀相だがね、
いやぁ、私ってば。。。これをO教授に送ったのか!
録音したテープ2時間を何度も何度も聴きなおし、
一語一句逃さず書きしたため、
そこから自分のノートと照らし合わせながら
纏めの作業に入ったのだが、
全然纏まっておらず、ダラダラ書かれている。
4ページビッシリと。
せめてもう少し読みやすく、箇条書きにするとか
考え付かなかったのか。
ほら、ここなんか同じことを3回も言っているよ。
O教授の返信はまたもや即効だった。
「私はパソコンフリークでね。一日中PCに向かっていると思われても仕方ないね。」
はい、本当そう思います。
それより私は何日か掛けてやっとメールを書いているのですから、
そんなに返事が早いとちょっと辛いです。
とは言ってないけれど。
O教授の返事はまたとても寛大だった。量的にも内容的にも。
私の纏めたものはちょっと長いのでは、
とやんわりと指摘をしてくださりながら、
参考資料やら、自分がセミナーの準備に使った、
過去に発表した論文を送ってくださった。
O教授とはその後メールを3、4往復した。
彼に送るメールは授業で書くリサーチペーパーよりも大変だったのを覚えている。一週間ほど掛けてメールを書き、やっと送ったと思ったら次の日には返事が来ていた。授業で課題を出されているのと変わらないテンポとプレッシャーがあった。
最後の方は、これがいつまでも続いてしまったらどうしよう、と不安になっていた。
最後はO教授からのメールで終わっている。
Looking forward to seeing you at the upcoming conferences.
Keep in touch!
短い。
さすがの彼も疲れていたのだろう。
私はホッとしたよ。
そして私達が次に言葉を交わすのは一年後の学会になります。
それまでO教授とは全く関わりを持ちません。
まぁ、その後もNY行きが決まるまでは、
O教授とは学会で挨拶をする程度なのですが、
その交わした小さな挨拶はかなり重要な役割を果たしていた
と思います。
でも何よりも、あの苦しかったけど嬉しかったE-mail交換が
なかったら間違いなく私のNY行きはなかったでしょう。
とまぁ、結局どの瞬間も、大きくとも小さくとも
私のNYへの道づくりには欠かせなかったと、
それが言いたいだけです。
ここまでの話で覚えておいて頂きたいこと。
1.素晴らしいH教授→H教授の授業中に泣くほど苦労して書いたペーパー(テーマ「書けないということ」)
2.H教授の授業で読まされたある一冊の本→その本の著者に書いた質問はBuddhismについてだった。→その本の著者、O教授との出会い、会話(Buddhismの漫画)。→O教授のセミナーで、私は記録係→セミナーの後、O教授とメールを1ヶ月に渡りやり取りした。
3.H教授に学会で一緒に発表しようと勧められた。
小さく纏めて見ましたが余計分かりにくくなったかな。