禅は 「おもしろいところから入って、

 

    ありがたいところに抜けてこなければいけない」

 

    と言われています。

 

 

   ただ、こうして臘八で坐らせていただいて何とも申し訳ない、

 

   もったいないありがたい。

 

   こうしてお釈迦様の弟子にしていただいてもったいない。

 

   こうして円覚寺開山・無学祖元禅師のお膝もとで

 

   修行をさせていただいて本当にありがたいと。

 

 

 

   何見ても 

 

 何を聞いても 

 

 ありがたし

 

 

 

   こちらがありがたいという気持ちになれば、

 

   もう何を見ても何を聞いてもありがたくなってくるものであります。

 

   そうすると、その人の体から

 

 

   ありがたいという心

 

   が発してくるでありましょう。

 

 

   「ありがたいという気持ちに、自分でひたることができる」

 

 

   一番目指してもらいたいところであります。

    

 

 

   円覚寺居士林 編集

   「いろはにほへと ― 鎌倉円覚寺 横田南嶺管長 ある日の法話より」