おはようございます。
今日から、また一週間がんばりましょう笑
FUNKY !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
1920年代、イギリスで起きた超常現象について紹介しよう。
イギリス郊外に住んでいたロバート一家は
妻と夫、そして6歳の女の子と、ごくごく普通の3人家族で、日々平凡に暮らしていた。
しかし月日は流れ、夫婦間は冷めきり、性格の食い違いなどが原因で
常に口論をするようになり、ときに夫は妻に暴力を振るう事もあった。
少女はと言うと、元々明るい女の子だったが、両親が憎しみ合う姿ばかりを見て、
次第に心を閉ざしていき、いつしか感情の起伏がない人間となっていってしまったのである。
そんなある日、夕食前にまた夫婦ゲンカが始まりかけた瞬間、
娘と妻の前から突然、夫が消えた。
あまりの出来事に妻は驚き、次の日の昼ようやく警察に届けたが取り合ってもらえなかった。
それから数日後…
憔悴しきった2人の目の前に消えたときと同じ姿で夫が突然現れ、娘と妻を抱き号泣し始めた。
取り乱す夫をなだめ妻が、
「今まで一体どこにいたの?」
と聞いたところ、 夫は
「娘の心の中にいた」
と答えた。
「娘の心の中で自分と妻がどれだけ恐ろしく醜く、いがみ合っているかを 思い知らされた」
と言ってまた泣き出した。
それからと言うも、夫婦仲は円満となり、少女も元の明るい子に戻ったという。
これは、いわゆるポルターガイストという現象。
他にも世界でいくつかの事例が挙げられているんだってさ。
近年の研究でポルターガイスト現象は幽霊の仕業などではなく、人間が心理的要因で引き起こす未知の能力だと考えられている。
そのほとんどはストレスがきっかけとなって引き起こされる。
今回は極度のストレスが引き起こした超常現象が、父親を自分の潜在意識内に閉じ込めてしまったという事例。
『超能力』って言葉が世の中にはあるけど、こういった事があったとするとマンザラでもないよな
元々これらの事象を知るキッカケとなったのは、幽幽白書作者、富樫先生の作品『レベルE』
本編にも取りあげられていたが、「中々興味深い内容だな」と思い、色々調べていくうちに
更なる興味を持つようになった。
ヒトが備え持つチカラには正直驚かされたが、同時にまだまだ俺の見てない世界がイッパイあるんだろうなあとワクワクさせられた、
ただ誰かの潜在意識内に閉じ込められるのはいやだ笑
まったく関係ない話になるが、少し不思議めいた話がまだ実はある。
軽い都市伝説な話だけどな!!それはまた今度綴る事にするよ、
それはそうと、漂流記と書いてあるが本文はまったく関係ないけど気にしないでいこうぜ
haha
お笑いタレント、スマイリーキクチ(37)のブログに、本人が過去の殺人事件の犯人であるかのような中傷や脅迫文が数百件書き込まれる事件があった。
キクチによると、中傷は約10年間続いたといい、「事実無根」と完全否定。
調べでは、昨年1月から4月にかけ、89年に東京都足立区で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件にキクチが関与したかのような事実無根の内容をブログのコメント欄に書き込み、名誉を棄損した疑い。
昨年1月以降の悪質な書き込みは
「人殺しがなんで芸人をやってるんだ」
「死ね」
「犯人のくせに」
などの内容で数百件に上り、数十人がかかわったとみられている。
キクチが中傷のターゲットになったのは、足立区出身であることや、犯人グループと年齢が近いことや、「元不良」というウワサがいつの間にか流れたことから、事件と結び付けられたとみられる。ただ所属事務所では「『足立区出身の元不良』という売り出し方は一切したことがない。(中傷が始まった発端は)分からない」としている。
以上、転載内容一部抜粋。
文章中に出てくる、
「女子高生コンクリート詰め殺人事件」
日本犯罪史上に措いても稀に見る重大且つ凶悪な犯罪である。
元々この事件を知るキッカケとなったのは、記憶にまだ新しい足立区OLバラバラ殺人事件。
たまたまネットで調べてる際に関連記事で女子高生コンクリート詰め殺人事件が出てきたんだが、記事を見て絶句した。
1988年11月25日、埼玉県三郷市の路上をアルバイト帰りの県立高校3年のX子さん(17歳)が自転車で走っていた。そこへバイクに乗った少年A(当時18歳)とC(当時16歳)の2人の少年が近づき、CがX子さんを蹴って側溝に転倒させた。そこへAが近づいていき、X子さんをホテルに連れこみ暴行した。
X子さんはこの後、41日にわたって足立区綾瀬のCの家に監禁され、壮絶な暴力を浴びた。
翌年1月4日、リンチによりX子さんが死亡すると、少年らはコンクリート詰めにして江東区の海浜公園に投棄。
この事件が起こったのは1989年…俺がまだ小学生の頃。
自分が生きてる時代にこんな鬼畜の所業のような事件があった事にショックだった。
以下の内容は事件概要の一部を転載したもの。手続きを閲覧するにあたって一つ警告するけど、表現の一部にグロテスクな表記があるから読む前に「無理そう」と思うなら読まないように
責任取りませんから
↓
【地獄の日々】
X子さん(17歳)は埼玉県三郷市に住み、隣りの八潮市の県立高校3年生だった。翌年には都内のデパートへの就職も決まっていたという。
1988年11月25日午後8時過ぎ、X子さんはアルバイトを終えて、自転車に乗って三郷市内を走っていた。
この少女に目をつけた少年らがいた。オートバイに乗ったAとCである。
AはCに蹴るように指示、F子さんは自転車ごと道路の側溝に倒れ、Cは逃げた。
ここでAが現れ、X子さんに「あの男はどうしようもない札付きだ。危ないから送って行ってあげる」と言って近づいた。
しかし、近くの倉庫内に少女を連れこんだAは態度を一変させ
「俺はさっきの奴の仲間だ。俺はヤクザだ。お前はヤクザに命を狙われている。命だけは助けてやるから、俺にセックスさせろ」
と脅し、ホテルに連れこみ強姦した。
事を終えたAは夜10時ごろ、AはC宅に電話をかけ、
「お前達もやりたいか?」
と尋ねるたところ、そこにたむろしていた少年達は
「僕らもやりたいです」
ということになって、午前1時ごろ、X子さんを足立区綾瀬にあるCの家に連れんだ。
Cの部屋は5畳ほどの洋間である。そこには数人の少年がおり、Aは彼らに次々に輪姦させた。 午前2時ごろにCの母親が物音が激しいので
「あんたたち、何してるの?」
と様子を見に行ったが、戸を閉められ、少女の存在には気づかなかった。
X子さんはこの日から41日にわたって、この部屋に監禁されることになる。連日性的陵辱が繰り返された。暴行により、X子さんが気を失うと、バケツの水をかけて再び犯すということもあった。日によっては自慰を強要されることもあったという。
裁判記録によると、暴行に関わったのは主犯の4人だけではなく10人近くいた。
Cの家は普段から両親の帰宅が遅いこともあって少年達のたまり場となっており、また少年らも「タダでやらせるから来いよ」などと仲間を誘っていたから、少女が監禁されていることを知っていた少年はもっと多く数十人いたという。
X子さんには常に誰かが見張りについており、逃げ出せる状況ではなかった。
少年らは食事は毎日牛乳を1本与える程度、風呂やトイレにも行かせなかったという。
11月30日頃から翌2日までの間に、少年らはX子さんに実家に電話をかけさせ、
「家出しているから、捜索願は取り消して欲しい」
と言わせた。
それからしばらくして、Cの母親はX子さんを見かけて「早く帰りなさい」と言っている。母親は後で「この時はX子さんのことを家出してきた不良グループの仲間と思っていた」と言ったが、連日暴行を受け、風呂にも入らせてもらえない少女を見て、おかしいとは思わなかったのだろうか。
12月2日午後、X子さんは少年らが寝ている間に階下へ降りて110番通報したが、Aに気づかれ、激しいリンチを受けた。Aは「どうして警察に電話するんだ。逃げるとこうなるんだ」と言いながら顔面を数回殴り、ライターオイルをかけた足首に火をつけ、B、Cもそれに続いた。一番怒っていたのはBだった。BはX子さんに好意を持つようになっており、「裏切られた」という想いが他の少年らより強かった。
このリンチからX子さんの体のあちこちには火傷ができ、化膿して、やがて異様な臭気を放つようになった。もはや少年達は性的陵辱する気はなく、だからと言って解放するつもりもなく、扱いに困り始めた。
年末年始の頃には、Aらは高校生であるCの兄(当時17歳)に見張りをまかせ、C宅に姿を見せなくなっていた。しかし、この頃にはX子さんは自力で立つこともできなくなっていた。ちなみに兄は弟ほどは積極的に暴行には関わっていなかったが、監禁中も普段通りに通学し、事件発覚までは沈黙し続けていた。
1月4日、Aは賭け麻雀に負けたことから、むしゃくしゃして、C宅にやって来た。X子さんは失禁しており、そこがたまたまAの「定席」だったことから、激しいリンチが始まった。
AはBの名字と同じ食品を見せて「これはなんだ?」と聞いた。
Xさんが答えると
「Bを呼び捨てにするな」
と殴り、「Bさん」と言い直したら、
「品物にさん付けするとはなんだ」
とまた殴った。
そしてアイドルの歌に合わせて、X子さんの脇腹を何度も殴った。
もはや悲鳴をあげることもできないほど衰弱していた。血まみれの顔にロウソクをたらし、Dは重さ1.7kgの鉄球付の鉄棒で殴りつづけた。Aも鉄アレイを腹に落とし、こうしたリンチは2時間続いた。
午前10時ごろ、AはX子さんをガムテープでぐるぐる巻きにして、4人でサウナに出かけた。
翌日、Cの兄が異変に気づき、少年たちを自宅に呼んだ。そこではX子さんが布団の上で絶命していた。少年達は怖がって部屋に入ろうとはしなかったという。
【コンクリート】
それからすぐ、Aは以前務めていた工場からドラム缶とセメントを持ち出してきた。X子さんの遺体をドラム缶に積めこみ、その上からコンクリートを流し込んだ。それを東京湾の埋立地に持っていき、江東区若洲海浜公園の一角に放棄した。
【裁判】
90年5月21日、東京地裁はAに懲役17年、Bに同5~10年、Cに6~4年、Dに3~4年を言い渡した。検察側はは、刑が軽すぎると控訴している。
91年7月12日 東京高裁はAに懲役20年、Bに同5~10年、Cに同5~9年、Dに5~7年の不定期刑を言い渡した。
…今から20年も前に遡る事件。
予定では去年に主犯格のAが出所してきているらしい。
考えただけで、おぞましいわ
時が経てば物事は風化されていく
でもこの事件は絶対に忘れてはいけない事件の一つだ。
遺族の親はこれがキッカケで病に倒れ、今も精神病院に加療通院している。
「被告にも人権がある」
ただこのケースについては例外と考えてもいいんじゃないか?って思う。
これほどの事をしておいて「人権」も糞もないだろう、足立区OLバラバラ殺人の犯人、星嶋のように死刑を自ら望んでほしい。
死刑がすべてを解決出来るとは思ってないが相応の処罰を受けるべき、
時には力を力で制する事も必要じゃないか、
真実なんて誰もが分からないが少なくとも俺はそう思う。
亡くなった被害者のご冥福を祈ります。