今はPCの前で時間がたっぷりあるから、頭に浮かんだものを書いてみる。

最近読んだ本。
本も前ほど読まなくなったけど、やっぱ人間、本は読むべきだ。とくにこういうお手軽な時代にこそ紙をめくって文字の世界にひっそり浸かる。これ、案外大切なことかもしれないよ。
で、今読んでいるのは団鬼六先生の”死んでたまるか”(かな?)というエッセイ。図書館でたまたま見かけて借りたのだけど、たぶん前に一度読んでいる。いくつかのエピソードは覚えていたからね。こういう現象はドスケベビデオではあるけど、本ではめずらしい。それにこの本は再度読んでもとてもおもしろい。鬼六先生はSM作家として有名だけど、彼自身はおそらく真っ正直な人間で、それが文体に表れる。エピソード事態も破天荒でおもしろいが、そのときの考え方や行動が勇ましく、ときに微笑ましい。これは夢中になって読んだ。
あとはNHK新書から出た”人類の将来はどうなるのか?”的なもので、5人くらいの頭のいい識者へのインタヴュー。これも興味深かった。AIや経済、IPS細胞を組み込んだ人間そのものの姿。そういうものを根拠に基づき論じる。特段難しい表現ではないのでスイスイ読み進められる。まあ、それによると我々の未来は、おれにとってはあまりおもしろい世界じゃないらしい。おそらくいまこの時点でもおれは”時代”に合っていない気がしている。一歩も二歩も遅れている。それに、追いつこうという気もない。ただただ生きにくいな、と思いながらとりあえず生きている、といった感か。

ここからTVのモニターが見える。相変わらずスモウの報道。これはもうどうでもいい。なんでそんなにたくさん報道するのかわからない。世間の興味がそれほどあるともおもえない。みんなこのニュースには食傷気味なんじゃないか。それでもこの報道量ってのは。。世間の要望とメディアの応えがまったくズレてやしないか。それかメディアは”我々が世間を作るんだ!”みたいな変に穿った想いがあり、そこから派生しての現象じゃないだろうか。こんなことじゃテレビは早かれ廃れ、姿を消すことになる。まあ、それでもいいんだけど。おれにはラジオがあればいい。ラジオにはまだ自由が残っているからテレビより段違いにおもしろい。今も行き返りはラジオだ。

政治。政治は語るのもアホらしいくらいに馬鹿馬鹿しい。森友加計問題は選挙前と変わらない。なんのための選挙だったのか、とやはりおもう。アベの言葉もますます軽い。軽すぎて成層圏を突破している。うー、窒息するー、誰か助けてー。”丁寧に”とはどういう意味か。賞味期限切れの首相はとっとと捨てたほうが自民のためだ。といってもあとに控えるのはぶっちょうヅラで理屈っぽいイシバ。このまえ見たよ、生イシバ。市川市長選の応援で遊説に来ていた。彼は話し終えるとロータリーのど真ん中に横付けした高級車に乗り込み、さっさと帰っていった。それを現市長と候補者、全スタッフが最敬礼で見送る。有権者にケツを向けてイシバに深々と頭を下げる。そのあとに候補者が高いところに登り、しゃべりだす。日本の政治なんてこんなものよ。頭の中にあるのは目上の権力者がいちばん。市民・有権者は十番目くらいだろうよ。顔をみれば誰だってわかる。


一旦休憩。