ラファエル・クーベリックとバイエルン放送交響楽団の醸し出すサウンドはおれにとっての理想かもしれない。
今回彼らのシューマン”ライン”を聴いてつくづくそうおもった。
人間味があって温かい、それでいて迫力も存分、うた心に溢れている、まさにこの曲にぴったりだ。ラインはシューマンのなかではあまり好んで聴いてこなかった。なんとなく掴みどころのない、もっさりしたイメージだった。2番や4番のような勢いのある曲の方をよく聴いた。最近はその傾向が変わってきたのかもしれない。もっさりというか落ち着いたものを好むようになっている。だからアルゲリッチよりも角の少ないピアニスト(うーん、喩が出てこない)がいい。ただしホロヴィッツは別。よく聴く。
映画もそうかもしれない。過度な表現の映画はしんどい。ジム・ジャームッシュやとりとめもないコメディを観ている。それでも欧州の”真夜中のゆりかご”はそれなりにおもしろかった。短いからいい。あの調子で長い作品だとついてくのがツラい。あれは北欧だっけ、スウェーデンだっけ。まあ女が強いわ。奥さんは物語上ああいうキャラクターでないといけないが、その他の人も強い。あれでは男も大変だろうと、変なところに同情してしまう。
男と女がつきあうのは、ある程度の理解とバランスが必要で、その均等が崩れるとどこかに必ずしわ寄せがくる。よく現代は、経済的発展により男も女も相手がいなくてもどうにかなるから婚姻率が下がる、などと言われる。おれもそうおもうが、あとひとつ。都市化により生き物本来の核というか野生的な部分が薄くなってきたからじゃないか。生きるという欲望の希薄さ。周囲の情報に翻弄されすぎて自分(人間本来の特性)が二の次になる。そんな感じもする。だから無理もない、自然な成り行きともいえる。