ジョージ・オーウェル(1903‐1950)の一九八四年を読んでいる。
この作品が書かれたのは知らないけど、第一次と第二次大戦の中間あたりだろうか。
作品に出てくるテレスクリーンというものは今では監視カメラとPCの合体版というものにとって代わるだろうが、作家は先見の明があった。
映画“ブレードランナー”をおもわせる世界感だが、こっちの作品の方が絶望的だ。
しかも現代と類似している部分も多く、これからこんな世界が我々を待ち構えているのでは?と読んでいて背筋が寒くなる。
マイナンバー制の導入(いつのまに!)や大企業擁護の政府の動きは、ほとんど一九八四年と重なる。ついでにスマホとゲームに興じる人々の生気のない目も作中の人物を連想させる。
数十年後にはこんな本は存在しなかった、なんてことにならないよう願う。というかそういう危険性がれば阻止していきたい。
 
それにしてもおれも気がつかないうちに何らかのレールに乗ったまま生活している。
個になりきるのはほとんど困難だけど、ぽつんと一人で考えに耽る時間というものがない分、その必要性を強く感じている。
安保法案の賛成反対でも流れに流されてはいけない。個人の意見はたった一つのもので、他人とまったく同じということはありえない。その違いを見つけ大切にしていきたい。