学生の頃は新入生がはいってくるとまずは飲みいったり麻雀をやったりすれば、だいたいはそいつがどういう奴がつかめた。
そういう場では否が応でも“自分”が出てしまうものだ。酒はご存じのとおりであるが麻雀で牌をじゃらじゃらやっているとそいつの性格がすぐに出る。勝った負けたはあるが、互いに健闘をたたえるというか共感が芽生えた。
でも最近の若いのと飲みいってもそうスムーズに「わかった」といかない場合がある。
こっちはごく自然に自分をひけらかして酔っぱらってスキだらけという状態でも、相手はほとんど公的自分を脱しない。話していると理解しあっているようでもそれはこっちに合わせているだけのよう。だいたい半分くらいの若い人からこういう感覚をうける。それは男女関係なく、だ。
年齢差によるものか、と思ったけど、それだけじゃないような気がする。なにせわかる奴は年齢などまったく関係ない。すぐに壁なんかなくなる。
だとしたら“わからない人”は同年代にとってもわからないのかもしれない。
いまはそういう時代なのか。表面上はともかく根っこの部分で誰ともうち解けない。変に警戒しすぎるのか。他人にはきちんとしなければ、と、いたって真面目だ。
おれと同年代のおっさんたちにも昔はアホだったけど生真面目になっちゃったな、ってのがいる。もちろん人間は日々変化する生き物だから変わるのは当たり前だ。だからといって生真面目な方向になることはない。
アホで能天気になったっていいのだがでもそういう傾向は少ない。だいたい真面目になる。世の中がこんなんだから保守的になってしまうのは分からないでもない。その方がラクだし。でもそれって味気ないんだよな。
このまえ“ロボジー”をBSで観た。
おもしろかった!単なるギャグ映画じゃない。しっかり練られたギャグ映画だ。偽装ロボットの中身がその辺にいるじいちゃんでした、だけじゃ映画としてうまくいかない。何重にも構想が捻られていているし演出のテンポがいい。吉岡さんも熱演。エンディングも粋なものだった。
