今朝、クラウディオ・アバドが亡くなったというニュースが世界中をかけめぐった。
時間が経つにつれ徐々に茫然自失となり、アバドの冥福を祈らずにはいられない気持ちになってきた。
 
クラシックを聴くようになった頃からずっとアバドの演奏に接してきた。
実演でも何度か聴く機会があった。
ベルリンに行ったときはちょうど彼が芸術監督になった初めの年かな、9月のフィルハーモニーでブラームスのピアノ協奏曲1番と交響曲1番を体験した。
このときは、期待が大きかったせいもあって思った以上の感銘はなかった。特に交響曲では。
 
その後も東京でベートーヴェンの9番とマーラーの9番を聴いたが、これも残念ながらおれにとっては肩透かしをくらった演奏で、しばらくアバドから離れた時期があった。
そして大病から復帰して間もないときにまた東京サントリーホールで、オールベートーヴェンプログラムをベルリン・フィルとやったのを聴きにいった。
このとき、舞台にあらわれたアバドの姿にギョッとした。
ものすごく痩せていてかつての面影があまり認められなかったのだ。
しかし演奏はとんでもなく壮絶なものだった!
冒頭のエグモント序曲から充実度が高く、今まで体験したことがない特別な演奏だった。
そして交響曲7番ではさらに完成度が高く、アバドが実現したかった最高次元の演奏を聴いて身体全体で感動した。
あのときのベルリン・フィルほど気合いの入った演奏をおれは知らない。
 
その後のアバドは快進劇が続く。
DGからリリースされるディスクのほとんどは超がつく名演だ。
特におれはプロコフィエフの“ロミオとジュリエット”ヴェルディの序曲集がえらく気に入って何度も聴いている(チャイコフスキーとドヴォルジャークも素晴らしい!)
そしてルツェルン祝祭管弦楽団とのマーラー、ブルックナー、ベートーヴェン等、さらにモーツァルト管弦楽団やマーラー室内管弦楽団との幾多の名演。
こう”名演”ばかり連呼していると陳腐に響いてしまうが、事実だから仕方がない。
モダンオーケストラを重厚でなくある意味湿気を除いて、かつ豊かに響かせる。
これは現在では多くの演奏で見受けられるが、アバドがその先駆者であったのではないだろうか。
クラシック音楽のバトンを現代へ繋いだという功績は、とてもでかいとおもう。
 
とにかくいろんな想いがあった人だった。
 
80歳かぁ、それほど高齢とは思いもしない若々しい音楽をした。
今朝は電車のなかでアバド指揮のマーラー6番(BPO)とブラームスのピアノ協奏曲2番(BPO&ポリーニ。この3楽章のなんと美しいこと!)を聴きながら想いに浸ってきた。
 
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