何時間もかけて出雲方面にいく。
途中なんども駅弁を食べ、なんども眠り、ついには暇をもてあまし、遠い土地にいく実感がうまく描写されている。

これが現代だと新幹線や飛行機であっという間に着いてしまう。

便利になったもんだ。

便利にはなったが、風情を楽しむ時間は失なわれた。

松本清張が現代に生きていたらどんな小説を書いただろうか。
現代にマッチしたスリリングなサスペンスを書いたのか、または現代特有の濃密な理由なき後味の悪い犯行をとりあげただろうか。

まあとにかく、これだけ交通手段と情報技術が発達したのでは、作風はがらりと変わらざるを得ないはずだ。

それにしても、この発達は人のためになっているのだろうかという疑念はいつまでも消えない。

技術のための発達であって、実は人のためではないのかも。
なにせ人間のおれはなにかと忙しすぎて、人間らしい時間はだんだん消えてきているからね。


おれも列車に乗ってゆっくり旅でもしたい。もちろんケータイなんか持っていかない。