■人生ってのは麻雀に似ているとこの頃よくおもう。
麻雀は高校から社会人の初め頃までしょっちゅうやっていたが、最近はまったくやらなくなった。
あの昂揚感は他ではなかなか味わえないものがある。じいさんになって身体の自由が利かなくなったらまたやろうとおもっている。
どんなゲームでもそうだけど、はじめに配られる手がよかろうが悪かろうが、それを基に勝負するしかない。
どうにか勝とうとしていろいろ工夫する。そこにゲームのおもしろみがあるのだけど。
人生もまったく同じ。
いきなり深刻な病気を医師から告げられたとしても、それはもぅどうしようもない。
それをしょって前にすすむしかないのだ。
悔やんでいてもそれは時間の無駄でしかなく、その状態でなにをしようか考えをめぐらした方がいい。
それと同時に人は比較する生き物だともおもっている。
みんなが同じ境遇であればどんなに悪くてもさして気にならない。まあ、そんなもんだとあっさりしたものだろう。
これが自分だけが悪しき境遇だと、とたんに苦しくなる。
他の奴らは笑って暮らしているのになんでおれだけが?という“差”に苦しむことになる。
こういう差を気にしてしまうのは人の本性だから仕方のないことだけど、これもあまり気にしないほうが楽になれる。
自分は自分。他人は他人。
まさにその通りで他人ばかりを気にしていたら自分の貴重な人生をしっかりと歩いていく時間はなくなっていくばかりだ。
病気にならないように、最悪な事態にならないように、と様々な準備や予防をすることは大切だ。
それでも不幸な事態が舞い込んでくることはよくあるのだ。
だからそこからは気持ちをシフトチェンジして、それとともにどうにかしてよりよく生きていこうと努力していく。
そこにこそ人生のおもしろさと醍醐味があるような気がするのだ、と信じたい。
いま、目の前のある牌が最悪で、これではとても上がれないと落胆したときでも、七対子や国士無双の可能性はある。
目の前にある牌で勝負するしかない。
