■プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番は、ギル・シャハムがソロを弾いている盤がいちばん理想的だ。
とてもシャープで、おどろおどろしい雰囲気も存分にあり、この曲の真価をきちんと伝えている。
聴いていて朝からテンションがあがった。
それとチャイコフスキーのピアノ協奏曲。
いろんな演奏を聴いてきたわけだけど、実はどれもしっくりと納得できる演奏にめぐり合っていなかった。
だからこの曲に対しては入れ込んだことがない。
で先日、ポゴレビッチとアバドの演奏を聴いてようやく納得できた。
録音はもう30年近く昔のものだけど、新鮮そのもの。
弾き流す箇所はほとんど皆無で、じっくりと曲の深部を探りだすかのような弾き方。
最近、そういう演奏が好きで、颯爽と飛ばす勢いのある演奏はあまり聴いていない。
だからチェリビダッケもよく聴く。
ベートーヴェンの第6やドイツ・レクイエム、これをチェリの独特のあのテンポで聴くと身体の奥底まで音楽が染み込んでくるようで、とても心地いいのだ。
そうかといってクラシック以外もよく聴くようになってね。
ライムスターの最近のアルバムやクレイジーケンバンドのいくつかのアルバム。
そんななかでクレイジーの“Girl Girl Girl”という曲はストレートでいいよ。
♪女性を~見る~、女性を~見る~、女性を~見る~・・・♪
って、ずっとこの調子だからね。
オリコンとかでトップ10に入るような“清き正しきおとなしき正論”ソングとは根底から違う。
“あなたが好き、いつも一緒にいたい!”とかいう陳腐な歌詞とは対極にある。
人生の応援歌もそりゃ結構だし必要だけど、そればかりだと息苦しい。
つねにニコニコしていなきゃならないのと一緒で、それは違う。
だからこそ彼等のような“真実の歌”の存在が大切なのだ。