■これはなにもかみさんの尻にひかれたダメ亭主のことを言ってんじゃない。
 
ほとんどの日本人のこと、いや、ちょっと違うかな、サラリーマンとか学生とかね。会社や役所や学校やら、そういう“箱もの”のなかで日々をおくっている連中のこと。
 
もちろんそこにはおれも含まれる。含まれているからこそこの実感がわくのである。
 
 
年に何回か上司との面談ってやつがある。
 
仕事はちゃんとやってるか?これからどんな対策をするのか?なんか問題はないのか?と質問され、最後に、その方からなにか言いたいことはないのか?(さっきまで落語聴いていたからこんな口調になっちまうんだけど)
 
とこうくる。
 
そこで「じつはこんな問題児がいてね、ここの人間関係がめちゃくちゃで困ってるんでさ」と言うと、その上のものは「そいつじゃない、おまえがしっかりしろ!」と言わんばかりの物言いをしてきやがる。
 
「いやいや、そうじゃなくて、それを問題解決するのがあんたの役割なんじゃねーのか?」とおもい、それらしいことを訴状してもどうもたよりない返事しかない。
 
ものごとをなるべく平穏に穏便におさめたいという意志からなのか、どうもはっきりしない。
 
「己には意志というものがあるのか?」と疑わないわけにはいかない。
 
 
聞くと、これは他の部署の上司も似たようなことを言うらしい。
 
 
まあ、組織というのはこういうことなんでしょうかね。
 
おそらくマニュアルかなんかあるんでしょう。下々からこう言われたらこうきりかえせ的なものがね。
 
でないとそろいもそろってこんな間抜けなことは言わんだろうよ。
 
 
中間管理職ってのは管理するけども管理されてもいるという、サンドイッチのハムみたいな存在だしね。
 
いや、よっぽど上の連中でも似たような印象がある。自分ひとりの意志で判断しない。
 
 
かっちりと組織に組み込まれていながら、それが居心地がいいのか、出ようともしない。へぇへぇと周囲にあわせていやがる。
 
どうも連中は自らすすんで管理されにいっているように見えるね、最近は。
 
思考停止、なんも考えていないんじゃないか。辛辣なことをいうようだけど。
 
ふつう社会だったらこういう判断を下すだろうという視点で、考えちまう。流れ重視。
 
 
いや、そんな社会なんかは二の次三の次で、己の考えがまずは先頭にこなきゃ、なんのためにおめぇは生きていやがるんだ、ということになるとおもうんだけどね。
 
 
これが古来から続く日本人の特性。そしていまも大して変わっていない。
 
 
 
“ぶれない人”って言葉がある。
 
好意的に使われる言葉だけど、これはものごとの考え方がずっと永続的に変わらない人っていう意味でしょう。
 
しかし、そいつの考えやスタイルは変わらないけども、社会は常に変化していくからね。
 
どんどんギャップが広くなっていく。そうなるとぶれないヤツとの差がでかくなってきて、だいたいは異端視されるのがオチ。
 
だから変なヤツってのは“ぶれない人”だって場合もある。
 
実際たいへんなことだよ“ぶれない”ってことは。
 
ぶれまくって世間に迎合し続けていた方がよっぽどラクなことか。いやその場合でも自分とのジレンマで葛藤がおきるだろう。
 
どっちいってもラクじゃないのだとしたら“ぶれない”方がいいかもな。
 
 
あれ、なんの話だかわかんなくなっちゃったよ(笑)