■この暑い時期の図書館は人でごったがえす。
そこで特に目につくのがおじいちゃん達で、本や雑誌を読む人もいれば居眠りをしている人もいる。
 
現代日本は超長寿社会。そして仕事もない。
ありあまった時間を活動的に生きるのでなく、毎日が時間つぶしというツラい状況にある人はごまんといる。
 
社会保障とかお偉いさんやマスコミはそっちの方ばかりを気にしているが、生き方についても実はとても深刻な事態になっている。
 
まあ、とはいっても生き方なんかはそれぞれが自由な領域であって、どんなふうに生きているかはその人の勝手。
他人の意見なんかどうだっていいのである。
だからおれがここで他人の生き方についてとやかくいっても所詮は余計なお節介にすぎない。
そのうえで言っているのだけど。
 
人生は生きている間だけ、死んだらおしまい。それまでずっとあった意識はぱっと消えてなくなる。己の存在がこの世からなくなる。どこをさがしてもその人はいない。
まだ死んだことがないおれにとってはなんとも理解しにくいことだ。
 
この生きている時間を楽しく生きるか、つまらなく生きるかは、だいぶ充実度が違う。
もちろん死んでしまえばだれもかれも一緒。はいおしまい、だから死後のことは考慮しない。
ただ生きているというこの短い時期だけの話だ。
楽しくいきよう、というのもおれは少し違う。
何かを恨んで眼光するどく激しく生きるのもいい、ただ無表情になる生き方だけはしないことだ。
 
おれが見るに、日本人はどうも惰性で生きている。流されて生きている。自分から道を開拓しようというパイオニア精神がない。
自分のつまらない人生を政府や世の中のせいにするばかりで、なにも自ら動こうとしない。
そう見える。
 
図書館にいるお年寄りや電車でピコピコしている人の目には、なんの喜びも希望も力強さも見えない。
おれはそんな人たちを見るのがとても嫌いだ。