■ここに書く頻度が減っているのは書く話題がそれほどないっていうことではなく、書けない内容ばかりのことを考えているからでしょう。
とは言ってももちろん犯罪とかそういう”危ないこと”じゃない。
ここにはおれと面識がある人も見に来てくれているから、やたらなんでもかんでも書けるものじゃない。おれの人格が疑われかねないからね(笑)。
と、そんな風に書きたいことを書かないでなにが楽しいのかという問題もある。
だから書ける範囲でめいっぱい己をさらけ出すのが妥当でおもしろいギリギリの線なんだろうね。
とどうでもいい前置きではじまったが、とりあえず音楽。
スガシカオさんの新曲をネットから買おうと思ったけど、なかなかうまく買えない。
iTuneっていうのかな。うまく繋がらないんだよね。
最近シカオさんはある想いがあって完全に独立したらしく、店頭のCD販売はしない形をとっている。
ネット配信は主流媒体になりつつある。
でもおれてきには形のあるCDの方がありがたみがあって好ましい。
これも世の中チープで安易な方向に向かっている一つの現象だ。
そんでTUTAYAでまだ聴いていないアルバムがあってそれを借りた。
なんてことはないシングルを集めたベスト盤だ。
そのなかに“光の川”という曲があるんだけど、これがサイコーにかっこいい。
歌詞は、失恋の苦い想いを引きずっている男の動揺(男はほんとに失恋を引きずるよな)。
そんで曲がまたいいんだよね。
久々にJ-POPにはまっている。

それとオペラ。
オペラは長いしストーリーを追うのがめんどうだから、どうも苦手である。
でもオペラに親しむいい方法を思いついた。
オペラだと思わずに長大な交響詩だとおもって聴くと苦もなく聴けるのだ。
“フィガロ”だとCD三枚。
これを対訳本を追いながら聴くのはかなり集中力が必要で、長いからすぐ疲れてくる。
さらに、どんなストーリーなのか、作曲の背景はどんなんなのか、とか調べるだけでめんどう。
で、そういうのを一切やらない。
曲だけを聴く。
歌手がなにか歌っているが何を言ってるか分からないし、知らなくていい。
この聴き方だとストレスもなく曲だけが耳に入ってくる。
すると、いいんだよね。
モーツァルトの天才さがストレートに伝わる。
溢れおちるほどの豊富な楽想、天国のようなあかるく穏やかな響きと、その正反対の失意のどん底にいる悲しみに満ちた響き。
ほんとにモーツァルトはすごい。
これじゃ他の作曲家が束になってかかっても適うわけがない、そういう気になってくる。
この調子でほかの作品も聴いていくつもりだ。