■昨日↑飲んだけど、おや?って感じだよ。
あれがいわゆるホップの味というんでしょうかね。クセがあるくらいに草の味がしたよ。
サッポロさんだから基礎的な味はキチンとしているから美味い。でもホップのあくが強いからそれほどヒットしないんじゃないか。
おれはたまに飲むけどね。


さて、今はそんなに言わなくなったけど、現代社会に確実に浸透してしまっている言葉の1つに、空気をよめ、というのがある。

おれはこの言葉が好きじゃないし、使ったこともない。
なんだか気の小さい集団が偏狭な仲間意識を誇示するために使っているイメージがある。

そんな風になかば批判的に使われることが多いようだが、こんなことはいわば当たり前のことで、空気は読める人間でないとならないのだ(空気というか、相手の心情といったほうがいいだろう。場の空気(雰囲気)を読むとはそのときの全体の雰囲気を察しろということだろうが、対象をもっと絞ってそこで相対している人間の心情ということとしたい)。


問題は、相手の心情を理解した(読む)うえで自分がおもう事を主張するか、行動を起こすかどうかだ。

しかも堂々と。それ以外になにがあるというのだ。今更言わなければならないことじゃなくしごく当然のことなのだ。

しかしながら、大衆の空気に流されて、恐れて、“自分”を引っ込めてしまうのは最悪なことなのだか、現代の日本はそうする人が殆どのようなふしがある。

お互いの顔色をみて何も言わない。なにも感じていないかのような顔をする。あー、嫌だねー。

もしそれが嫌だと感じ、違う方向に自分を向けたいとしたなら、群から離れないとならない。
淀んだ群のなかばかりにいると、いつのまにかそっち側の人間になる。気がつかないうちに”するり”と。

つねに自分をどこかの群のなかに置いておくと、なにも考えられない人間になる(考えてはいけないからだ)

結局、相手とも闘えないからお互いが理解できない。
自分とも闘えないから自分に自信を失くす。
これではよろしくない。

なんでも闘いなのだ。
相手との、自分との。闘いを放棄した瞬間に人は輝きを失う。


それでもそういう時期はある。
もうなにもやる気がせん。どうでもいい。そんなときはまずは休むことだ。

たっぷりと時間をかけて身体を休め(または運動して身体機能を向上させる)、栄養のあるものをたくさん食べて、好きなことをおもいっきりする。

そこからまたむくりと起き上がって闘えばいいだけの話だ。


会社という組織は一つの完全な群だ。
幾度となくここに書いていることだが、群れの中にいるのは昼間だけで勘弁してもらいたい。

会社という群(建物)から一歩外へ出たら、そこはまったく違う自分だけの時間にしたい。
アフター5でさえも群の同じような企業意識をもった連中と語ることなどは、なにもない。

そもそもおれという人間が群れるのを嫌がる性質をもっていてフリーになりたいというのもあるが、それにしてもみんな同じ空気のなかにいるのが好きなようだ。

それだから、空気を読め、なんて言葉が流行るのだろう、この国は。



こう書いていても自分がほんとうに書きたい内容とはちょっと違う。
なにかが足りないし、なにかが浅い、帰着すべき方向も違っているようだ。
文章とはむずかしいね。でもおもしろい。

でも読んでくれる人には感謝している。
支離滅裂な主張によく目をとおしてくれるものだと(笑)

できるだけ自分が感じていることを書いているつもりのですが、なにしろ修行がたりない。

まだまだお付き合いのほどを。