■今日は“○○の日”という日です、というのはほぼ毎日にあるようだ。

語呂あわせでつくる記念日が多いのもこの国の特徴の1つだろう。

それを楽しめる人も楽しめない人もいるが、この現状はおれには多すぎる。

まあ、そのほとんどは企業による製品宣伝や、とある団体の存在周知の為にこしらえた即席モノでしかないが、それにしても多すぎやしないか。

そもそもメジャーなクリスマスやお正月にしても、「うれしい!」とか「いよ!待ってました!」という気持ちにはなれず、めんどうだな・・という思いがおれは先行してしまう。

これから続くでしょ?こどもの日・母の日・父の日とか。

そのたびに何かをしなければならないと考えると気がおもい。

そう考えると記念日がいやというより、記念日ごとに何かをしなければならないというのが、億劫なだけなんだよな。

自分でもわかっているが、この要因には多少複雑な家族環境が絡んでいるけども、ここには書かないでおく。



やっぱり桜が満開のこの季節はいいものだ。

毎朝桜を眺めるためにわざわざ遠回りをして出勤している。

早朝は人もまばらで空気も清んでいるから、ことさら桜との距離は縮まり身近に感じられる。

これが夜の花見ともなると、花なんかそっちのけでワイワイ騒ぎたてるものだから、桜としては鼻で笑っていることだろう。

でも人間しかやらないそういうバカ騒ぎもいいものだ。そうでもしないと人間やってらんない。



音楽は、相変わらずハイドンを中心に聴いている。

もっているCDを探すとけっこういろんなハイドンものが出てきた。

なかでもC・クライバーの海賊盤の再発見にはうれしかった。1982年2月のウィーンでのライヴ、第94番“驚愕”。

いわゆるクライバー節全開の演奏。クライバーの素晴らしいところはどんな速いテンポであってもゴージャスな響きを損なわないこと。

速すぎるとやせ細った音になりがちだけど、彼の場合はそんなことはない。

しかしいちばん理想的なハイドン演奏は、フランス・ブリュッヘンと18世紀オケ。

奏者の数が少ないからか響きがほどよいうえに、ここいちばんの迫力も十分なのだ。まったく不足はない。