■時間というものをイメージするとき、おれは津波のようなものをおもう。

横一直線に時間津波の波がおしよせる。

時間津波が到達する前はまったく未知の茫漠とした世界。

そこに“現在”という時間津波がおしよせて、呑みこんでいく。その後は、“過去”という世界があたり一面に広がっている。

我々生き物はつねに時間津波の波に乗っかって生きており、まだ見えぬ未来に恐怖し、または期待し、その日がやって来ると、予想と違っていて落胆とした表情で過去という大地を振りかえったり、予想以上の結果だと喜びいさんで過去を懐かしむ。

そういうイメージが時間にはある。

あらゆるものを変化させてしまうとてつもない力もある。

時間というものを考えると、つくづく不思議なものだとおもうし、あまりの存在の大きさに考えがおいつかなくなる。



■悪いときが起きたとき、それをいつまでも引きずっていると、また別のよくないことが起こったりする。

そこには大小がある。

日常や仕事のことでどこかイライラしながら車を運転していると、ほとんどの交差点の赤信号につかまったりする。さらにイライラがつのる。

そのままビルに入って上に行こうとするとエレベーターは行ったばかりでしばらく待ってもこない。

こういう経験は誰にでもあるだろう。

これはいったい誰が操作しているのだろうか。

神様か?でもこんだけの大規模な世界の隅々まで目が届くというのか?そこは宗教学者たちに任せておけばいい。

神というより“法則”と考えたほうがおれには納得感がある。

こうしたらこういうことが起こる、みたいな法則はこの地球にはあるようにもおもえるんだよね。



■あとね、この前、仕事で知り合った人。

ものすごく洞察力のある人。いろんな人と接する商売を成功させているからか、ほんの些細な視線も逃さない。

気が抜けない。それでいて人当たりがいいから話しやすい。まあ、プロだ。

その人に見込まれた。

「あなたは人にとやかく言いまわるような口の軽い人じゃないからお願いしたんだ」と。

たまに初対面の人にもかかわらず信頼されることがある。

そのときはおれもその人を見込んでいる場合であったりもする。

ああ、この人はおれと合うな、って直感で分かるんだよね。

出会いって、おもしろいもんだ。