■谷岡ヤスジ氏の漫画を学生のころによく読んだ。

今でも手に入れば買いたいのだが、本屋にも古本屋にもとんと見かけなくなり残念なかぎりだ。

氏の漫画はナンセンスな笑いに満ちている。

バター犬やペタシなどといったエロいキャラクターがエロいことをしても陰湿なエロじゃない。

まったく健全であかるいエロだし、独自の“間”に大笑いした。

ああいう漫画はいまはない。

ちょっと前に広辞苑(漢字ちがう)とか吉田戦車とかいうのも出たけど、どこかちゃんとしているし、破天荒さやエネルギー量でもヤスジ氏に遠く及ばなかった。


赤塚不二夫さんのバカボンも好きだが家に1冊だけしかないからもっと揃えておきたいのに、これも最近見なくなった。

なんなんだろうね。古本屋にもないってことはみんな買っていないってことなのかね。

古い漫画だし、手塚治虫さんのはどこにでもあるけど、それ以外はあんま人気ないのかね。あ、サザエさんも本屋にあるね。

サザエさんなんかも今読むと斬新でおもしろいよ。

こっちがドキッとするようなことを昔の漫画家はヘーキで書いていた。

ドギツい絵で脅かすのではなく、構成とかストーリーでびっくりさせる。

びっくりさせるというか、その作家の人間としての器がデカいから、自然とそういう深い作品ができるのだろうね。

小手先だけで書いているようではダメ。ちっともおもしろくない。

笑いはナンセンスなものの方が笑えるな。

理路整然と計算されつくした表面的な笑いというのはそれほどおもしろくない。

だから即興なんかでやるといいんだ。

思いがけない展開になるし、支離滅裂で破綻したってそれはそれでおもしろいんだし。

そういうのが見ていてスリリングでいい。



おもえば音楽もナンセンスなもんかもしんない。

だれにでもわかる解説書なんてのは作曲家は残さなかったし、作品だけ。

もっとも解説書なんかは要らないのだ。楽譜にすべていいたことは書いてあるのだから。

昨日もホロヴィッツのピアノでルービーを飲んでいた。

シューマンの“クライスレリアーナ”最後のパッセージ。

あれいいんだ。

軽妙でダーク、中間部の台風のようなうねり。

これをホロヴィッツで聴くと深くておもしろい。

ホロヴィッツの音楽には狂気一歩手前といった危うさがあるね。カルロス・クライバーにもそれがある。

あれはそうとう大変な才能だから彼等は高い次元で闘い続けていたのだろう。



はい今週もおしまい^^