■今読んでいる本のひとつにライターの橋本忍さんが書かれた「複眼の映像」というのがある。

なかの件でおもしろいものがあった。

橋本さんと(映画監督)野村さんとで、スピルバーグの“ジョーズ”を観たあとの会話。

この映画はすべて“OK”で撮られている稀な作品だ。普通映画は時間や予算の都合上どうしてもNGフィルムを使わざるを得ないものだが、この“ジョーズ”にはそれがない。しかもおもしろい。映画監督を生涯やっていてもこれほどの作品はそう撮れるものではない。それほどの出来だ。だからスピルバーグ作品はこれが頂点であとはこのレヴェルまで達さないから以降彼の作品は観なくてもいい。

と言う。

これにまったく全面的に賛成ではないが、なるほどとおもった。

スピルバーグ作品ではおれもこれに同感。

マーティン・スコセッシでは“タクシー・ドライバー”、たけしさんでは“ソナチネ”、山田さんでは“黄色いハンカチ”がうかぶ。


映画というのは、その個人各々の感覚で受ける感銘が異なるものだ。

おれは映画館に行くとき、その作品の情報をできるだけ入れないで、まっさらな状態で挑むようにしている。

そうでないと余計な先入観が作品を正当視することを妨害する。

観おわった後、たまに、他の人はこの映画をなんとみたのだろうか、とコメントを見にいく。

するとけっこう自分と違うコメントがあって「なんだい、こいつはわかっていないな」とぼやくが、その直後、そうそ、人間の感覚なんてみんな違うもんさ、それでいい、と思いなおす。


しかし今は、他人の感想に引っ張られる傾向があるようだ。

一時、“ショーシャンクの空に”という映画が異様な人気を得たことがあった。

特に若い連中を中心にこの映画を”マイベストムービー”にあげており、人気ランキングのかなり上位をとっていた。


この動向を見ていておれはこうおもった。

この映画の人気はほんとうにその人がいいとおもって投票したものではなく、みんながいいと言うからいいに違いない。
見てみると、なるほど確かにおもしろい、さすがみんなが褒める作品だ。
だから私この映画を生涯のベストムービーということにしよう、そうすればみんなから遅れることはない。安心である。そうしておこう。

・・・という人々が集まっただけの結果ではないか、と。

ここにネットが生んだ独自の傾向(弊害)が表れているとおもった。

だっていい映画だけど「生涯のベスト?」という映画である。




先日観た韓国映画の“ポエトリー アグネスの詩”は、製作者の意図がよくわからなかった。

それぞれのシーンは鮮烈でおもしろいのだけど、全体的についていけず、特に終盤ではいろんな物語の整理に追われっぱなしだった。

インパクトはすごい。自殺してしまった子の母親が登場するシーンはすごかった。

でも観終わってどうにも釈然としない気持ちが先行してしまい、すごすごとテアトル銀座を後にした。

その後、あれはどういうわけだったのか、とネットのレヴューを見たけど、納得いくものは見当たらない。

でもほとんどの人がこの映画を絶賛していた。