■オーストリア放送協会のWEBでゲルギエフとロンドン交響楽団の定期を聴いた。

ショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲の1&2番で、ピアノはブロンフマンっていう人だっけか。

ショスタコのピアノ協奏曲は第1番をよく聴いていたけど、2番はそれほどしっくりこない曲だった。

でも、この2番の演奏はよかった。特に第一楽章の躍動感は見事で、オケも独奏も充実していた。

ゲルギエフの最良の部分がいかんなく発揮され、聴いていてどんどんのめりこんでいった。続く二つの楽章もその勢いのまま実に活きた音楽を展開しており、はじめてこの曲の真価を知った次第であった。

第2番はショスタコーヴィッチにしては明るく分かり易い音楽になっている。

しかし、第1番はいつもの深刻で不安なショスタコの顔が随所にあらわれている。

この1番(特に3楽章)を聴いていると、まるで世界の終わりを表現しているように思えてくるのだ。

激しい空爆後の焼け野原。硝煙がそこかしこからたちあがっている。人々はほとんどいない。残された人はぼろを着て、ようやく生きている。それをロングショットで見ている。

そんな戦時下のイメージがする。


■いま世界はどれほどの危機にあるのだろうか。

ずっと安定していた欧米は経済的に多くの不安要素を抱え、そこから抜けだせる気配はない。

日本にしても同様で、壊滅的な財政危機といわれ、いつ破綻してもおかしくないという専門家もいる。

安定した基盤のうえに成り立っている救世主となるべき大国はもはや存在しない。

自分の記憶では、現在(いま)くらい世界が不安定な状態にあるのを知らない。

これが資本主義社会の行き詰まりなのかどうかわからないが、打開策が容易に見出せないという報道は、おそらくウソではないだろう(報道をそのまま鵜呑みにしてはいけないが)。

でも一気に有事に転じる最悪の気運はまだない。

おれがもっとも恐れているのはそれだ。

世界がふたたび戦火を交えるとしたら、人類の歴史はそこでストップしてしまう可能性もある。

それにあの悲劇をまた起こそうというのか?人類は映画や絵画から何も学ばなかったというのか?

しかし世界の連中はそんなに馬鹿じゃないとおもっている。

核を使ったらおしまいだという認識くらいはもっているはずだ。

どの国にも一部に過激な行動を起こそうとする連中はいるだろうが、それを阻止するまともな市民もいる。

だから有事はないと信じている。

しかし、ここまで経済や金融で世界が繋がってしまった以上は、一蓮托生ということで、ともに底に落ちて、打開策を模索していくしかないのではないだろうか。