■たまにしか会社の飲み会に出ないから、出たときはがんばってしまう。
「どうだい、まだこんだけ飲めるぜ!」みたいな虚勢をはってさ、ひたすら瓶ビールだけをがぶがぶ飲み続けていたら店の冷蔵庫のやつを全部飲み干してしまい、冷えていないやつでもいいからもって来ておくれ、なんて言って、ぬるいビールまでも永遠と飲み続ける。
しまいにみんなの期待(?)している視線を感じとり“靴下ビール”までやるはめになった。“はめになった”というかおれから率先してやったんだけどね(笑)こうなると手がつけられないドアホになる。
ここで解説が必要だな。靴下ビールとは??
読んでその名のごとく、誰かの靴下をはぎとり、瓶ビールにすっぽりと被せる。
そうするとまるでサンタさんからの贈り物のような奇妙なオブジェに変身。
そしてそのまま相手に注いでまわる。
靴下のきめ細かい網でで“こされた”純粋なビールを味わうことができるという、素晴らしい飲み方のことなのです。
おれは自分の靴下が濡れるのは嫌だから他のやつのを脱がせようとするが、みんないそいで逃げていく。
仕方ないから自分のでやったんだけど、もう誰に注いだんだかさっぱり覚えてない。泥酔の極みだな。
翌日は久々の超二日酔いに苦しんだ。
昼飯にとおもってラーメン屋に入って、空腹を感じていたから大盛りを頼んだ。
しかし、途中から突然ラーメンが喉をとおらなくなった。
まだチャーシューも食べていないのに、スープも水もまったく喉を通らなくなってしまったのだ。
きっと二日酔いが酷いせいだろうとおもって、無念さと店の人への申し訳なさとともに外に出たが、これは二日酔いだけのせいじゃないことは分かっていた。
最近あるんですよ。モノが突然食べられなくなる、というおかしな症状が。
はじめはフツウに食べていくのだけど、ある境から急に喉がつまったような感じになり、なにも食べれなくなる。
そうなると、つばきだって飲むのに苦労する。
これはね、きっと精神的な影響だとおもうんだ。
ストレス過多からそんな思いもよらないところに影響が出てしまった、というやつ。
だからこの三連休はできるだけなにもしないようにしていた。
時間があるとつい本を読んだり音楽をきいて盛り上がったりしてしまうから、なにもしないでいる。
すると今日は少し楽になった。昼飯もふつうに食えた。
あんま無理をしちゃいけない時期なのだ。手を抜いてたのしく生きていくのを心がけよう。
■そんななんもせん生活でも音楽は気になるからちょっとそのことについて書きたい。
シカゴ交響楽団のホームページにLISTEN&WATCHという欄があって、そこのRADIOに進むと直近の定期演奏会のいくつかを無料で聴くことができるサービスをやっている。
そこで、ベルナルト・ハイティンク指揮のハイドンの協奏交響曲とシューベルトの交響曲第五番、マーラーの交響曲第四番が聴ける。
これはほんとうに音楽が円熟したすばらしい名演だ。
NYPのときでも感じたが、これほどの落ち着きと説得力をもって聴かせる指揮者っていないんじゃないか。
奇をてらうということはまったくせず、きわめて平凡なあたりまえの演奏をしているのだ。
こう書くと批判的のようにも聴こえるが、なぜ他の指揮者はあれほどまで無理な個性をはっきするのだろうか、とはたと疑問に思ってしまう。
平凡のようだがとてもあたたかい。おわりのない幸福感に包まれている。そういう音楽なのだ。
彼はどの楽団員からも尊敬され人間的に慕われているという。
各メンバーのそういう思いが音楽にあのように率直に表れているのだろう。
あ、それと三連休の間にスンドゥフチゲというのを作ってみたんですよ。韓国料理の辛いやつ。
食いたくなって、ネットのレシピ見てね。
これが美味くできてね。辛すぎたけどけっこういけましたよ。
またなんかチャレンジしようっと。
「どうだい、まだこんだけ飲めるぜ!」みたいな虚勢をはってさ、ひたすら瓶ビールだけをがぶがぶ飲み続けていたら店の冷蔵庫のやつを全部飲み干してしまい、冷えていないやつでもいいからもって来ておくれ、なんて言って、ぬるいビールまでも永遠と飲み続ける。
しまいにみんなの期待(?)している視線を感じとり“靴下ビール”までやるはめになった。“はめになった”というかおれから率先してやったんだけどね(笑)こうなると手がつけられないドアホになる。
ここで解説が必要だな。靴下ビールとは??
読んでその名のごとく、誰かの靴下をはぎとり、瓶ビールにすっぽりと被せる。
そうするとまるでサンタさんからの贈り物のような奇妙なオブジェに変身。
そしてそのまま相手に注いでまわる。
靴下のきめ細かい網でで“こされた”純粋なビールを味わうことができるという、素晴らしい飲み方のことなのです。
おれは自分の靴下が濡れるのは嫌だから他のやつのを脱がせようとするが、みんないそいで逃げていく。
仕方ないから自分のでやったんだけど、もう誰に注いだんだかさっぱり覚えてない。泥酔の極みだな。
翌日は久々の超二日酔いに苦しんだ。
昼飯にとおもってラーメン屋に入って、空腹を感じていたから大盛りを頼んだ。
しかし、途中から突然ラーメンが喉をとおらなくなった。
まだチャーシューも食べていないのに、スープも水もまったく喉を通らなくなってしまったのだ。
きっと二日酔いが酷いせいだろうとおもって、無念さと店の人への申し訳なさとともに外に出たが、これは二日酔いだけのせいじゃないことは分かっていた。
最近あるんですよ。モノが突然食べられなくなる、というおかしな症状が。
はじめはフツウに食べていくのだけど、ある境から急に喉がつまったような感じになり、なにも食べれなくなる。
そうなると、つばきだって飲むのに苦労する。
これはね、きっと精神的な影響だとおもうんだ。
ストレス過多からそんな思いもよらないところに影響が出てしまった、というやつ。
だからこの三連休はできるだけなにもしないようにしていた。
時間があるとつい本を読んだり音楽をきいて盛り上がったりしてしまうから、なにもしないでいる。
すると今日は少し楽になった。昼飯もふつうに食えた。
あんま無理をしちゃいけない時期なのだ。手を抜いてたのしく生きていくのを心がけよう。
■そんななんもせん生活でも音楽は気になるからちょっとそのことについて書きたい。
シカゴ交響楽団のホームページにLISTEN&WATCHという欄があって、そこのRADIOに進むと直近の定期演奏会のいくつかを無料で聴くことができるサービスをやっている。
そこで、ベルナルト・ハイティンク指揮のハイドンの協奏交響曲とシューベルトの交響曲第五番、マーラーの交響曲第四番が聴ける。
これはほんとうに音楽が円熟したすばらしい名演だ。
NYPのときでも感じたが、これほどの落ち着きと説得力をもって聴かせる指揮者っていないんじゃないか。
奇をてらうということはまったくせず、きわめて平凡なあたりまえの演奏をしているのだ。
こう書くと批判的のようにも聴こえるが、なぜ他の指揮者はあれほどまで無理な個性をはっきするのだろうか、とはたと疑問に思ってしまう。
平凡のようだがとてもあたたかい。おわりのない幸福感に包まれている。そういう音楽なのだ。
彼はどの楽団員からも尊敬され人間的に慕われているという。
各メンバーのそういう思いが音楽にあのように率直に表れているのだろう。
あ、それと三連休の間にスンドゥフチゲというのを作ってみたんですよ。韓国料理の辛いやつ。
食いたくなって、ネットのレシピ見てね。
これが美味くできてね。辛すぎたけどけっこういけましたよ。
またなんかチャレンジしようっと。