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■若いのと話していると、どうしてこう真面目なのだろうか、と首を傾げてしまうことが多々ある。

それはそれで悪いことではないから、どうこう言うべきものじゃないが、あまりに真っすぐすぎるのが、おれたちの時代とは違うなとおもうのである。

おそらく、若いのは疑ってかかることを良しとされて育ってきていないからだろうか。

うちの子どもは年賀状をクラス全員に出すという。

全員が出しあう状態だから出すということらしいが、それも学校が「差別はいけません、みんなと仲良くしなくてはいけません」と教育しているせいじゃないか。

そのことも間違ってはいないけども、やっぱりどこか違うとおもう。

真実を隠蔽し表面だけをきれいなものでコーティングしているような、そんなハリボテのセットをついイメージしてしまう。


または、こまっしゃくれているような若い連中で、なんでそんなに自分に自信がないのか、主張を貫きとおせないのか、というのも多い。

主張を途中で変えてしまうのは、相手の反応が思わしくないときにそうするようだ。

でも最後まで思ったことを話しとおせばいいのに。途中で方向転換してしまうから、いったいこの人はなにを言いたいのだろうと、分からなくなってしまう。もったいない。

もっともっと自分本位でいい。空気なんか読まないでいい。しかしそれには自分本位でいられるような勉強なり訓練をしないとならないが、そこが足りない。

最近の若いのにはめずらしくどんどん主張し、興味本位でものを訊いてくる人と飲んだけど、それはおもしろいものだった。

おれなんかはそういう遠慮ないヤツが好きだから、じゃんじゃん会話の応酬になる。そういう人ははずかずかとおれに立ち入ってくるけど、悪い気はしない。だって会話ってそういうものだろう。

答えたくない話題なら、その話題はやめようぜ、とさっと言って違うのにすればいいのだし。

まあ別段訊かれて答えられないものはないけどね。



■さて本題。この映画を映画館で観たのは初めてじゃないだろうか。

前半は鳥の襲撃はほとんどなく伏線を張るくらいで、おもしろい人間模様が展開する。

出てくる人すべてが奇妙な人物設定となっていて、とてもおもしろい。

鳥なんか出てこないで、この人たちの成りゆきを観てみたかったほどだ。

ヒッチコック好みのうつくしいブロンド女性のティッピ・ヘドレン演じるメラニーは、大新聞社長の娘というセレブである。

彼女の行動が奇妙だ。

たまたまペットショップで出会った嫌味な弁護士(テイラー)に対して、行き当たりばったりの大胆行動に出る。

細かくは言うのは面倒だから割愛するが、そんな行動の奴はいないだろうとつっこみを入れたくなるような奇想天外なうごき(あとで考えれば深層ではテイラーに恋していたからこその奇行だと多少なりにも筋はとおるのだが)。

でもそれこそが映画たる魅力だ。もちろんそこにはヒッチコックの演出が目を利かせているからこそ可能なのだ。

これが下手な監督だと見ていられない。帰りたくなるだろう。

それに自分勝手に(なかば周囲を省みることなく)どんどん行動を起こす人は素敵だ。

それはその人の持つ強さからくるのかもしれない。メラニーのつんとすました顔もあの顔だから様になる。

美人はつんけんしていないとならないから大変だ。そうしないと魅力的にならない。本人もそのこれは本能で知っている。だから自然とそうなる。

それに彼女の服装がいい。社長令嬢だけあって派手。いや派手じゃない。センスがいい高級そうな服。現代の女性みたいにハイヒール履いてまつげはばっちり立てちゃって。それがじつに粋なのだ。

ついメラニーのことばかり書いてしまった。

後半のメインである鳥と人間の戦いは緊迫感と迫力があって見ものだったけど、おれは断然前半の人間たちの奇妙なドラマの方がおもしろかった。