■渥美さんのときもそうだったけど、こういう人の訃報は突然くるものなんだな。
談志さんは死なないとおもっていた。もしかしたら本人だってそう思っていたんじゃないかな。でも実際にそうなって「どうでぃ?コノヤロウ」、なんて上で笑っているのかもしれない。
晩年の家元は死を強烈に意識している言動をしていた。
身体的な衰えとともに精神的にもバランスを欠いていてメランコリチックになり気弱なことを漏らしていた。
TVのドキュメンタリーでカメラが私生活に入っていても、ありのままを見せる(ようだった)。
そこで別な人間を見せればそれは「なにかっこつけていやがんだ!」って自分に怒るだろう。自分にも周囲にもものすごく敏感な方なのだ。
家元は映画にもかなり精通していて言うことがおもしろかった。その辺の映画批評家なんかよりまっとうな見解を言う。
家元は“雨に唄えば”が好きで冒頭のジーン・ケリーとドナルド・オコナーとデビー・レイノルズがジャーンと登場するあのシーンをやたらと気に入っていた。
おれもこのシーンを映画館で観たときあまりの感動で鳥肌がたったので、家元と似た感性をもっていることを嬉しがったものだ。
手料理のエピソードもすごい。
よく家でお弟子さんたちと手料理を作るのだけど、そのメニューがとんでもない。
例えばカレーにしてもあまっているものをなんでも入れちゃう。腐りかけのもの(ニオイを嗅いで「こえぐらいじゃ死にゃーしないだろう」と鍋に放り込む。周りで弟子は泡くっている)や甘味菓子とかなんでもかんでも。しかもそのカレーが美味いらしいのだ。
そういうエピソードはほんとうにめちゃくちゃだし、大笑いさせられる。
詳しくはお弟子さんたちが書いていらっしゃるので、一読するといい。
「赤めだか(談春さん著)」と「立川流鎖国論(志らくさん著)」はよく伝わってきて爆笑ものです。
書ききれない。時間なので、また。
談志さんは死なないとおもっていた。もしかしたら本人だってそう思っていたんじゃないかな。でも実際にそうなって「どうでぃ?コノヤロウ」、なんて上で笑っているのかもしれない。
晩年の家元は死を強烈に意識している言動をしていた。
身体的な衰えとともに精神的にもバランスを欠いていてメランコリチックになり気弱なことを漏らしていた。
TVのドキュメンタリーでカメラが私生活に入っていても、ありのままを見せる(ようだった)。
そこで別な人間を見せればそれは「なにかっこつけていやがんだ!」って自分に怒るだろう。自分にも周囲にもものすごく敏感な方なのだ。
家元は映画にもかなり精通していて言うことがおもしろかった。その辺の映画批評家なんかよりまっとうな見解を言う。
家元は“雨に唄えば”が好きで冒頭のジーン・ケリーとドナルド・オコナーとデビー・レイノルズがジャーンと登場するあのシーンをやたらと気に入っていた。
おれもこのシーンを映画館で観たときあまりの感動で鳥肌がたったので、家元と似た感性をもっていることを嬉しがったものだ。
手料理のエピソードもすごい。
よく家でお弟子さんたちと手料理を作るのだけど、そのメニューがとんでもない。
例えばカレーにしてもあまっているものをなんでも入れちゃう。腐りかけのもの(ニオイを嗅いで「こえぐらいじゃ死にゃーしないだろう」と鍋に放り込む。周りで弟子は泡くっている)や甘味菓子とかなんでもかんでも。しかもそのカレーが美味いらしいのだ。
そういうエピソードはほんとうにめちゃくちゃだし、大笑いさせられる。
詳しくはお弟子さんたちが書いていらっしゃるので、一読するといい。
「赤めだか(談春さん著)」と「立川流鎖国論(志らくさん著)」はよく伝わってきて爆笑ものです。
書ききれない。時間なので、また。