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■映画の本編がはじまる前に流れるあの大量のCM。近頃どうしちゃったのかね。どうみてもおもしろくなさそうな邦画(神様のカルテ、モテキ、アンフェアとかはもううんざり!見たくない!)のそれと、マナーに関するそればかりでほんとにまいる。

前は目をつむって耐えていたけど、最近は音も聴きたくないから、本編がはじまる直前になって館内に入るようにしている。

席はどっちみち端っこの通路側だから人を避けて「すんません、すんません」とすることもない。

それにしてもマナー注意喚起のCMはくどすぎる。

ああいうのを何度も何度も聞かされるとわざと破りたくなってくるから不思議なものだ。

きっと自分の内面にない異質なもの(これはすべての人間があてはまるかも)への抵抗という正常な反応なんじゃないかな、

「食べるときの音に注意しましょう」と言いつつ、映画館では巨大なポップコーンやらホットドックを売っているんだから、つじつまが合わない(あれを食いながら映画を見るという神経もわけわからん)。

だからあんなふうにうるさく言わず、寛大にかまえて何もしないのが良いし、もしくは気になる音や態度があるのならそいつが直に本人に言えばいいのだ。

それにおれは堂々と喧嘩をすればいいと思う。

言い争ってはいけない、波風をたてずに、みんな仲良くしなくては、という暗黙のルールがこの国には浸透しているようで、面と向かって相手にものが言えないからこんな標語やルールが多くなる。

もっとじゃんじゃん争うべきだ。その方が生体として健全だとおもう。

なにも戦争をしようというのではない。そもそも争うことは本能なのにそれを無理に蓋をする“弊害”があるから、あんまり蓋をしないほうがいいのだ。

仲良くしようなんて言うのは仲良くないということを率直に認めていること。

壁にべたべた標語を貼るような社会は、それだけ病んでいる証拠なのだ。


また前置きが長くなった。まあいいか。

■いや、この前ね、『夜の大捜査線』というシドニー・ポワチエのいい映画を観たんですよ。

時代背景は黒人が白人から人種差別をあからさまに受けていた時で、エリート刑事であっても黒人だという理由で命をおとすような差別と暴力をうける。

それにまったく怯まないで白人社会と闘う。これがこの作品のいちばんの核。

ポワチエの白人を鋭く睨む目は本当に迫害を受け、戦いつづけてきた本物の目ではないのか。

それに白人警察署長と安易な友情関係にならないのがいい。実際の人間関係だって簡単にいかないものだし。

この映画から多くを勉強した。こういうのがもっと観たい。

それと『がんばれベアーズ』もよかったね。

ウォルター・マッソーのバターメーカーのあの飲んだくれぶり。いいキャラクターだ。

ラストのメンバーの沈黙の主張とバターメーカーの変化。ありゃ間違いなく名作だよ。


もっと書きたいけど、疲れたからもうやめる。

昨日はまた家でじゃんじゃん飲みすぎてさ、軽く二日酔いなんだよね。


こんなおもしろくもなんともない日常。飲まずにやってられっかってんだ。


あ、それと新しい首相になった野田って人、おれ知らなかったよ。誰だそれ?って。

しかし地味な人だね。それにあんなにペコペコしていたら自分の意思なんかこれっぽっちも押しとおせないだろう。