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■映画館で見逃した作品をいくつか観た。
「コーヒー・アンド・シガレット」、「ミルク」、そして「ダンサー・イン・ザ・ダーク」

「コーヒーと・・・」は昔観たような気もするがほとんど忘れていた。
それにしてもこの感覚はサイコーだね!
味わいあるモノクロ画面にキューブ模様の小さなテーブル。その上には決まってコーヒーとシガレット。いいね。画になるよ。
各エピソードはほどよくテキトーで、スパイスが効いていて、奇抜で、なによりも自由さが画面いっぱいにあふれている。
ああいう簡素な設定でも立派なおもしろい映画になるものなのだな。
天才肌、ジム・ジャームッシュ作品。


「ミルク」は現在もっとも気になる俳優のショーン・ペンがオスカーをとった“観なければならない作品”。
しかし感想としてはまあまあだ。
こういう政治的映画は最近のアメリカではよく見かけるし、これといって感動したわけでもない。
おれはゲイに対する偏見はないと言っていい。でも作品としてまとまり感がない。「ソーシャル・ネットワーク」でも同じような物足りなさを感じた。
『ツリー・オブ・ライフ』に期待しよう。


というのも「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を観たすぐあとに観てしまったからかもしれない。
この「ダンサー・・・」はとんでもない映画であった。
なんの予備知識もなく観たということもあって驚いた。
リアル感はすさまじく、痛烈な現実とファンタジックな空想の映像が交互につづく。かなり泥臭い映画でもある。
しかしすべてが驚異的だ。ラストシーンは絶対に忘れることが出来ないショッキングなシーン。
これほど人に影響を与える力をもつ映画は稀だろう。
いつまでもセルマのあの淡い笑顔が脳裏からはなれない・・・




■今週初めは休んでいて(どこに行くわけでもなかった)TVで高校野球をチラリと観たりした。

毎度の事ながらスピーディーで劇的な展開がプロ野球よりもおもしろかった(そのプロ野球もこの休みの間に子ども等を連れて行ってきたのだ)。

でも坊主頭でいきいきとした目をした球児達のインタヴューには少しひっかかった。

どの口も「被災者の方々に元気を与えられるようにがんばった」とか言う。

その言葉にウソはないだろう。
そして現に被災地をはじめ日本中の観戦者は明るい活力をもらった。
そういう力が彼等の一試合一試合には確実にある。

でも、彼等の血を吐くような苦しい練習は、いったい何のためだったのか?

練習の時から「被災者のため」が真っ先に浮かんでいたのか。
今度こそオレたちが甲子園で優勝したい!宿敵の○○高を次は絶対にやっつける!という想いよりも勝っていたのか?と疑問におもう。

やっぱり自分たちのチームの勝利がいちばん大切なんじゃないのか。

おれだったらそうおもう。勝ちたい!相手をねじ伏せたい!甲子園に出たい!目立って女にモテたい!プロ野球スカウト陣の目にとまりたい!


高校生はもっと素直で、もっともっと馬鹿でいいとおもう。だってそれが自然だ。

子どもも大人も誰しもが被災地の事を心配に想っている。そのことはみんな分かっている。

だからああいうインタヴューではそう言うのもいいけど「やったぜ!○高に勝ててめちゃ嬉しいです!今までがんばった自分とチームメイトを誉めてあげたい!誇りにおもいます!」とか彼等の本当の気持ちを聞きたい。
だってスポーツってそういうもんじゃないの?勝ったり負けたり、結局はすべて自分のためだろう。

みんな“良い子ちゃん”過ぎる。
あんな良い子たちを見ているとおれのアホさ加減が浮き立ってしまい、それもイヤな感じがしてくるんだよな。そう、ひがみってヤツだ。


しかしこういう場合、すぐに被災地のことを言わなければいけない風潮が出来上がってしまう。

日本はすぐこうなる。この点が不器用な国だよ。