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■女子W杯優勝でこの国には元気が出たみたいだけど、こういうのは一時的なものでしかなく、数日も経てばすぐに現実生活に戻されてしまう。

おれはサッカーに興味はないが、たまたま決勝の最後だけライヴで観た。

まあよくあれでアメリカに勝ったよ。日本にとって本当になにもかもが出来すぎって感じだったな。

でも大きな大会で優勝するとなるとああいった神がかり的な“奇跡”が重なるものなのだろう。

数年前のWBCの二連覇を思い出した。

このときのイチローの適時打にも物語がずっしりと乗っかっていて、それを成し遂げた瞬間はサイコーに興奮したね。


それにしても相変わらずTVでは応援者の熱狂をしつこく報じているが、あんなにはいらないよ。

特にバーで若い女の人が感極まって泣いている映像は見ていて一気にシラけた。

どうして局はああいう映像を撮りたがるのだろう。そして流すのだろう。

“号泣する人が出るほど感動的な出来事”としての放送か。

当の選手の親がしっかりしているのに部外者の号泣シーンはどうしたって安っぽく見える。

ああいうのはやめりゃーいい。

もしくはバランスを保つために、「サッカー?そんなもんぜんぜん興味ないね」というインタヴューを1人くらい流さないと駄目だろ。

偏りすぎてどうにもおれは気持ち悪い。

それに他国の反響情報も多いのは、それだけ日本人(報道)は他がどうおもっているのかが気になっているということだ。

他人の目を気にする。しなくたっていいのに。


■さて、いまは震災後の困難な状況ばかりが語られているけど、震災前から日本は深刻な不況であったし、人々の表情はとても暗かった。

多くの人々は自らの不安をバーチャルであるケイタイやゲームといった“機械”に向かわせていった。

今後(これまた希望のないことを言うようだけど)更に人々は“機械”に呑みこまれていくような感じがしてならない。

この流れは更なる情報化機器の促進とともに比例していくことになろう。

考えることを放棄してその意識を“機械”のなかに入り込ませ、そこで安堵してしまう。

もしくはそこでしか安堵できるスペースがなくなっている。

まさに現代はSF世界そのものだ。


経済に真の救いはないとおもう。

だからそれを当てにしていては永久にその窮地から抜けられない。

そもそも経済なんてのはフィクションでしかないという気がしている。

人間の根幹は野生動物であって、近代、それを無理に社会というフィクションで塗り固めた世界で生活しているだけ、というね。

いわばハリボテの不安定なセットの中にいて、ベニヤが倒れるのを必死に支えながらかろうじて生きている“ふり”をしている。

一皮剥けばそういう世界にいるんじゃないか。

だから世の中がどんどん管理され野生から離れてくると、精神に異常をきたす者が出てくるのは当然の成り行きで、まったく自然なこと。

まだおれは平気だけど、この変な性格をやめて一般市民と同じように振舞わなくてはならないようならヤバイだろう(笑)


だからおかしくならないようにおかしなことをしていくとしよう。



ちなみに写真は先月JR新橋駅を汐留に向かって撮ったもの。

レトロな雰囲気が残る新橋駅とモダンな高層ビルの対比がおもしろかったんだけど、ケイタイだからこの時のオリエンタルな良い雰囲気がでていない。残念!