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■この秋ウィーン・フィル(VPO)とベルリン・フィル(BPO)が相次いで来日する。
ファンたちはどれに行こうかやきもきしていることだろう。

おれもその一人だが、今回のチケット代はえらく高くてびっくりした。

BPOの最高額はついに40,000円。
Pブロック最安値でも16,000円だ。VPOはこれよりも若干安いがそれでも高いのには変わりない。

もう、なんなんだろう、この金額は。

一般人にはとうてい出せないシロモノで、この額を設定した関係者には怒りすらおぼえる。
それにこんなんでも完売するんだろうし、その点でもおもしろくない。



最近のクラシックコンサート界は様変わりした。

ちょっと前までは外来オケの桟敷席は5,000円位で聴けたもので、これくらいなら気軽に聴きにいけたものだ。

でも現在はだいたいその2倍位になっている。
しかもその桟敷席はS席と大して変わらない料金となってしまった。
どの席もまんべんなく高額なのだ。
(来日こそ見送られたが、フランス・リヨン管弦楽団は良心的だった。地方公演はS席が4,000円。ベルリンの10分の1!!)。

こうなるともう行けなくなる。

たとえがんばって高額チケットを入手したとしても、金額が気になって「絶対に感動しないと損してしまう!」という気負いで聴いてしまう。

そんな固っ苦しい聴き方をしたところでおもしろいわけがない。

独身の頃のように金が自由に使えるときならまだしも、生活を抱えている者にとっては許容範囲を逸脱している。

ほとんどの人間は不景気で経済的に苦しいのだ。


アメリカメジャーオケの来日公演でもとんでもないチケット代だったけど、欧州メジャーオケもそれに対抗するように高額になってしまった。

一度こうなると下がる見込みはないもので「これぞ!」という公演以外はチケット争奪レースにも参戦する気にすらならない。


もうさ、立ち見でもいいから、どうにか庶民の席とか用意してくれねーかな。

たのむよ、ほんと。

これだからクラシックはお高いと言われてしまう。本当はその対極にある親しみやすい芸術なのに。


それにひきかえ映画界はいいよ。

制作費に関係なく一律1800円というのもなんだと思うが、金額は上がらないし、もっと安く観ようとおもえばそれが可能だ。

ファーストディやTOHOシネマの日だと1000円で観られる。その他多数の割引サービスだってある。

絵画にしても良心的だ。1500円とか1800円で世界中の名画の実物が鑑賞できる。


まあ、絵画や映画とはそもそものシステムが違うからこんなことになるのかもしれないが、それにしても足元をみられているとしか思えない。



■それとベルリン・フィル、最近の演奏会をTVで観たけど、どうもイマイチだ。

佐渡さんのショスタコーヴィッチは重量感があり充実した良い音がでていて、これはおもしろかった。
(この放送は5月20日の初日の定期だったが、22日のラスト日がとても素晴らしかったという評が載っていたのでこちらも聴いてみたい)

しかしサイモン。

彼のほんとうの天才だし、実力は凄いと思うけどベルリン・フィルとの演奏では手放しで感動したことがない(実演でも)。

これは彼らがうますぎるからなのかもしれない。

完璧な演奏をやってしまうことによる息苦しさというか、“ゆとり”を感じないことに自分は不満をかんじるんだよね。

そしてそのサウンドは時に冷徹で野蛮に聴こえる。

シンガポールでのラフマニノフ交響的舞曲の終楽章のクライマックスは、あんなふうにガンガンやられると「どうだ!」みたいに聴こえる。

別に謙虚になる必要はないが、このサウンドには魅力を感じなかった。


その後のマーラーでもお見事!というしかないが、感動はしない。

スペインでやったラフマニノフはそれよりかは良かった。

言いたいことのすべてを驚異的技術で実現しているという点ではそれまでのオーケストラでは到達しえない次元まで来ているのかもしれない。

でも、個人的にそういう音楽は求める音楽とは違う。

これは機械を通して聴いた印象だから実演とはそりゃー違うだろうけど、実演を聴いたとしても大きく外れないだろう。



そのせいか最近は圧倒的にウィーン・フィルの人間味がありときに不器用な彼等の音楽に愛着を感じるのだ。