
友達の影響で最近はサザンをよく聴いて少しずつ覚えているのだ。TSUMAMIとラブアフェアーのマスターを当面の目標としている。
でもあれだね。スガシカオの歌に慣れているとサザンの歌はどこか物足りなくかんじる。
節まわしが一直線で、間延びしてしまうのだ。
というかスガシカオの歌が凝りすぎているからそうなのだろう。サザンにはサザンの良さがある。
落ち着いてメロディーに身をまかせることができるのがいい。
■震災から二ヶ月が経った。
震災後、日本人はどのように変わっただろうかとみている。
見てとれたとのは、人々は疲れ果て、希望をもてなくなっていないだろうか。ということだった。
これは夜の通勤電車内をみて思いあたったこと。
じわりじわりと一般市民の内面にそういった負の部分が侵食していないか。
メディアでは明るい励ましの映像や言葉、そういった活動を紹介していて日本と日本人は間違いなく復興に向かっていると思いがちだが、正直このことには疑問が残る。
もっとじっくりと見ていこう。間違った認識では回復するものも回復しない。
■最後にブラームスについて。
ジェームズ・レヴァイン指揮ウィーン・フィルによる悲劇的序曲とアルトラプソディーを聴いたが、これはおれの欲求のすべてを満たしてくれる名演奏だ。
激しく美しい。録音もクリアでウィーン・フィルのうるおいをもった芳醇な響きが見事に収められている。
この録音でブラームスの創作の秘密を知った。
彼は自分の身に起きた悲劇や不幸により弱々しく自分を陥れるのではなく、怒る。
激しい感情に転換させ、そのまま作品にぶつけるのだ。
あの交響曲第四番の第一楽章のラストなんかまさにそれ。怒りに怒って地団太を踏んでもまだまだ治まらない真っ赤な顔をしたブラームスを想像せずにはいられない。