
彼は今でも日本の新聞にコメントを寄せたりして精力的に活動しているようだ。
いや、ここで言いたいのは政治活動のことではまったくない。彼の体格だ。
あの体格はすごい。なにがすごいって肩幅と厚みがハンパじゃない。
アメフトの防具でもつけてその上からスーツを着ているんじゃないか、と見間違うほどの厚みである。
その姿はサントリーウイスキーのキャラクターを連想させる。
ほら、あの赤と黒の例のこのヤツ、いるじゃないですか。サントリーじゃなかったかな。
アメリカ人の体格は日本人とは格段に違う。
彼等の体格は何世代にも渡って連綿として続いた肉中心の食生活がそうさせたのだろうか。
あれでは成人病予防も大変だろうな、などと余計な心配をしてしまったりする。
米国防長官といえば、現職であるクリントンのかみさんが先頃訪日した際の映像は印象的だった。
彼女は管首相との対談では終始営業スマイルしか出なかったのだが、天皇皇后ご両人と再会したときは、ほんとうに会いたかった人と会えたよろこびの表情をしていたのだ。
なんでも彼等は旧知の友であるらしく、クリントンのかみさんは本当にうれしかったのだろう。
被災地を訪れるときの映像でも見てわかるとおり、政治家の接し方と皇族の接し方とは違う。
福島第一原発がこのような状態になったのは政治の責任でもあるから、避難されている方々にとって政治家は、あんたがたの責任でこうなったんだ、という怒りの対象である。
一方、皇族は原発を推進してきたということをおれはまだ聞いたことがないからよくわからないが、皇族は怒りのぶつける対象ではない。
その違いによって被災地を訪れる側の気持ちの持ちよう・重さに違いはある。
が、そのことを度外視して見てみても、だいぶ温度差がある。
現在のほとんどの政治家はうわべでしかしゃべっていないように聞こえるから、被災者の方々にあまり感動がうまれることがない。
もしくは、メディアがわざとそういう映像を流すという恣意的な編集をしているかもしれない。
それにしてもだ、接し方の違いは大きい。
言葉の発し方の重みや親身さが違う。
これは政権がガラッと自民党に替わっても同じことだろう。
言葉に力がないと、伝わるのも伝わるものじゃない。
政治家の冷たいものの言い様は、国会開催中のあの醜い問答がそうさせているのかもしれない。
質問者の質問に答えない、しらじらしくシラを切るのがそこでは正当な姿勢になっている。
そうだ、きっとそうなのだ。あの冷淡なしゃべり・お決まりの文句は国会で培養されているとしかおもえない。
この国では本当のことをじゃべらない。
これが政治家だけじゃなく意外と国民に広く浸透してやしないか、とふとおもってしまうのは気のせいだろうか。
それとあの焼肉店社長の誤り方。
あんなんまでしているけど、見ている側になにも伝わらないのはなぜなのだろう。