■最近書いたブログを読むと、おれの偏屈な面が前に出ているのがわかるね。

今はそういうのが出てしまう状態。こんなんではいけない、とおもう自省の気持ちと、まあ仕方がない、もっと余裕が出てきたら勝手に治るだろう、とあきらめの心境の両方がある。


しかし、GWだというのにまったく気分が晴れませんなー。

どうにかならないかね。いやこういうのはやっぱり自分からどうにかしないといけないものなのだろう。



最近はシナリオでなく実験的小説を書いているんです。

書かないことにはどうしようもない。

それに今書いているのは誰に見せるわけではなくまったく好き勝手に書いているからおもしろい。

枚数は意識せずに形だけでも完成させるように努力している。

これだけはがんばろうかな。




■先月、ベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタのスコアを購入し、音楽を聴きながら見ていったんです。

でもなぜか乗ってこない。ようやく待望のスコアを入手したのにどういうわけだ。

しょうがなくモーツァルトのそれに変えて同じ事をしたら、実にしっくりときた。

今はモーツァルトがとてもあうね。

彼の音楽を聴くと思慮深くなるし、わくわくする高揚感がある。

それにあの美しく整ったスコアが心地いいんだ。

20番のピアノ協奏曲(ニ短調)もよく聴いている。ブレンデル(新)、グルダ、アルゲリッチ、リヒテルのCDがウチにあるけど、ブレンデル盤がリズム・雰囲気とも最もいい。

この2楽章の中間部に(モーツァルトにしては)長大な旋律が繰り返すところがある。

あそこが以前は退屈に聴こえておもしろくなかったんだけど、今はとてもおもしろく聴こえる。変わるもんだね。


あの部分はモーツァルトの苦しい心情を表しているのではないか。

困難を打破して先へ突き進みたいのに、それがうまく出来ない苛立ちや、もやもやとした鬱屈感。焦燥感。

そういういわば“負”の音楽って彼の作品にはあまりない気がする。

だいたいある程度は解決できてスッスッとうまく転がっていけるからね。

でもそうではない人間くさいモーツァルトがそこに感じられ、それに共感するおれの現在の心境があるというのが興味ぶかい。



ではみなさん、GWをたのしくお過ごし下さい!